男ひとり旅の美学

[旅の恥は書き捨て]ってことで。あと、BMWと読書感想文も。

2018年07月

同窓会に出かけたはずの夫が、会場にたどりつけずに戻ってきた……。夫婦の『長いお別れ』の日々は静かに始まった。
アルツハイマー病、それが年々ひどくなりゆくとき、彼あるいは彼女とどうつきあうのか。本書は日常に重い課題を投げかけてくれる。

・「ねえ、お父さん。つながらないっていうのは……」(p153)は母の本音。そして次女が、母の本当の労苦を確かに識るシーン(p209)はとても切ない。
・忘れるということ。それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す(p259)。「確かに存在した何か」の件にはグッときた。

自分が「その立場」ならどう振る舞うだろうか。母と三姉妹、孫たちの中にヒントはあるだろうか。そして「その時」までのQOLを考えるとき、それが確かに家族や友人の「絆のかたち」であるなら、とても幸せな人生を送れたと言えるのだろう。人生のターミナルはかくありたいと願い、温かな気持ちで書を閉じた。

長いお別れ
著者:中島京子、文藝春秋・2018年3月発行
2018年7月12日読了
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長いお別れ (文春文庫)
中島 京子
文藝春秋
2018-03-09




20世紀初頭から戦中・戦後、大阪万博まで、京都工芸繊維大学美術工芸資料館の有する美麗なポスター229点。全ページフルカラーの美麗な図版と解説を楽しめる。

・飲食、ファッション、化粧品・薬、趣味・嗜好品、船舶・鉄道、博覧会・映画、戦争プロパガンダ、ポスターの未来の全8章から構成され、大正・昭和初期を中心に明治~昭和30年代までのポスターが紹介される。それぞれの章の解説がわかりやすく、ポスター図版をより楽しめる仕組みとなっている。
・江戸伝来の引き札、明治の美人画・絵画から、西洋由来のデザイン重視・商業美術ポスターへの変遷は、なるほど、印刷技術が発達し、杉浦非水に代表されるデザイナーが登場する1920~1930年代なのか。
・化粧品のポスターは華やかだ。デパートとともに、女性の新しいライフスタイルを牽引したとある。資生堂やクラブ化粧品のポスターは現代でも通用するかも。
・交通関係では『東洋唯一の地下鉄道』(1927年:p175)がやはり秀逸だな。朝鮮総督府の金剛山、華北交通のポスターも珍しい(p193)。
・真っ赤でシンプルな富士山の図章を用いた「紀元二千六百年記念 日本万国博覧会」のポスター(1940年)は、とても印象深い(p216)。
・掲示され見られるポスターだけではない。家庭に配布され、見られるマッチのラベルも、昭和には多彩なデザインのものが登場したことがコラムで解説される(p156)。当時の風俗のみならず、ランドマークや地下鉄開通などのトピックスもわかり、興味深いな。

本書はコンパクトな文庫本サイズだが、1ページに一葉のカラーポスターが掲載され、十分に楽しむことができた。
まぁ、欲を言えば、もう少し大きな版で鑑賞したいところだが。

日本のポスター
編著者:並木誠士、和田積希、青幻舎・2018年3月発行
2018年7月8日読了
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ジャポニスム。19世紀中葉の西欧を席巻したこの興味深い熱狂は、1867年パリ万博を契機に花開いたとされる。その西洋文化への影響は現在に至っても研究対象としての魅力を失わない。一方で「万博デビュー」を果たした江戸幕府(と薩摩藩、佐賀藩)の思惑はどうであったのか。この辺りも興味深い。
本書は、1867年および1878年のパリ万博とジャポニスムの接点に焦点を当て、「物」と「人」を通じて、いかなる「日本」像がフランスと日本の相互作用の中で形成されていったかを、社会的なアプローチから探求する。実に興味深い一冊だ。

・1867年パリ万博では、日本からの出品物は中国、タイのものと混同され、ジャポニスム旋風の巻き起こる前の西洋人の認識レベルがわかろうというもの。そればかりでなく、出品者は「大君政府」「薩摩太守政府」「佐賀太守政府」とされてしまい、フランス人に「日本は封建領主制の連邦国家である」との誤解を与える結果になった。薩摩にとっては思惑通りだが、面子をつぶされた幕府にとってはただ事ではなかったろう(p71)。一方で日本家屋と3人の女性、武士模型と「切腹」、工芸品への官民の品評は素晴らしく、万博を契機に、それまでアジアに埋没していた「日本」がハッキリと認知されていったのは嬉しいところ(p77-82)。
・本書の凄味は、日英仏外交文書や各種書簡といった一次資料を駆使し、幕府、薩摩藩、フランス、イギリスの外交関係の複雑さを読み解く第二章にある。特に将軍慶喜と駐日フランス公使ロッシュの思惑と期待とは裏腹に、時のフランス外務省の取った態度(薩摩藩の優遇)が幕府使節団をイギリスへ接近させるようになることは、歴史的事実として興味深い。
・1867年パリ万博の開会式に、独立国としての「薩摩琉球国」として参加した薩摩藩。幕府より2か月早く訪欧し「日本政府」から独立した万博出品区画を確保するなど、その手腕は特筆されよう。幕府は薩摩藩の動向を把握していたにもかかわらず対抗することができなかった。そして薩摩は現地メディアを用いて「大君政府と薩摩政府は帝のもとで同格であり、日本は連邦制国家である」ことを喧伝することに成功する(p152)。日本国内での「勢い」が海外においても発揮された例か。
・かの五代友厚も、1867年パリ万博薩摩藩使節として、また「薩摩琉球国」の立役者にして後に日本帝国フランス総領事となるモンブランと、明治政府のもとで対仏外交に深く関わっていたんだな(p193)。
・明治初期には日仏政治関係は冷え込む。それに反して、フランス人の日本文化への興味は増大してゆく。なぜ、ジャポニスムの流行がフランスにおいて生まれたのか、第三章ではその経緯が明らかにされる。そして西南戦争によって荒廃した国内の各方面を鼓舞し、わずか28歳にして1878年パリ万博への日本の参加を実現させた人物、前田正名の活躍は特筆されよう。著作のみならず、現地メディアを駆使して「正しい」日本イメージの喧伝に成功したのは、彼の功績である。
・1878年パリ万博への日本の出品物。専門家からは輸出を意識しすぎて日本の独自性が失われつつあると非難されるも、メディアと民衆には好意的に受け止められた。フランス工芸界は日本的要素を懸命に取り入れ、そして……。

20世紀初頭、フランスから生まれて新しき熱狂を巻き起こしたのは、「日本的自然」を取り入れたアール・ヌーヴォーであった。ジャポニスム旋風は終焉したが、姿かたちを変えて彼の地の文化に溶け込んだといえよう。

パリ万国博覧会とジャポニスムの誕生
著者:寺本敬子、思文閣出版・2017年3月発行
2018年7月7日読了
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前作『日本人村事件』から1年後の1886年8月、ロンドンより汽車で数時間のドーバー海峡を見晴るかす海岸にある伯爵の別荘、アルカディア・パークが舞台となる。ヴィタ奥様とロード・ペンブルックとの確執、エジプトから持ち帰られたミイラのある噂、謎の結社『ミネルヴァ・クラブ』と、前作よりもミステリー要素が高められている。そして貶められた地位に留めおかれた淑女たちは、男性支配のイギリス社会に抗いはじめる。

・「金色の雌獅子」の異名をとるヴィクトリア朝レディ・トラベラー、ミス・ナポレオーネ・コルシ。髪はまとめず、上背も高く乗馬服の上に孔雀模様のインド更紗を纏って貴族のパーティに出席するその雄姿は、表紙画の通り。
・「暴君は老いても暴君である」の最終段、癇癪もちで謹厳な老伯爵の前で、2人のレディ、ミス・コルシとヴィタ奥様が「土埃を蹴立てて丘を駆け下ってきた姿」に一同唖然とさせられるシーンにはニヤリとさせられた(p124)。
・後半は事件が続発する。「死者は生者を呪詛するか」の深夜の図書室(p174)。あの時の伯爵の立場だったら、『ミイラ』には実が凍えるほど驚いただろうな。
・復讐のやりきれない哀しみ。せめて彼女たちの残り少ない人生に幸訪れんことを……。

華やかな貴族と社交界。ヴィクトリア女王治世の裏側の、女性たちの苦しみが見事に描かれる。それだからこそ、毎日を生きることに意味がある。
「守るべきものは守る」(p240)
おおっ、素晴らしき明日とわれらがレディに「乾杯!」

LADY VICTORIA : THE MYSTERIOUS MINERVA CLUB
レディ・ヴィクトリア 謎のミネルヴァ・クラブ
著者:篠田真由美、講談社・2018年6月発行
2018年7月7日読了
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ナチス・ドイツの傀儡であるフランス・ヴィシー政府は、ユダヤ人の子供を次々と拘束・殺戮した。終戦時に生き残った者は1万人中わずか300名という。見て見ぬふりが横行する中、パリ5区に1926年に建設された大モスク(グランド・モスケ・ド・パリ)の指導者と仲間たちが、ユダヤ人を積極的にかくまいフランス南部へ避難させた逸話が明らかにされる。

本書の全篇にわたる美麗な絵と簡潔な文章が、1946年に起きた思い事実を淡々と読ませてくれる。イスラム文化の特徴とナチスに怯えるユダヤ人の姿をよく捉えた絵がとても印象に残る。

「我が同胞よ、あなたの心は寛容である」(p29)
この心温まるエピソードはオスカー・シンドラーや杉原千畝のようにもっと喧伝されてしかるべきなのだが、アルジェリア独立戦争が「フランス白人とムスリム(カビール人)の紐帯」をまるで無かったことにしてしまう様相はとても哀しいことだ。

パリのモスクではないが、僕も2016年8月にアウシュビッツを訪問した際、言葉に表すことのできない無力化を感じた。膨大な犠牲の上に「人道に対する罪」の法概念が誕生し、われわれの世界に活かされていることを想うと、「人の力」の偉大さにあらためて敬服せざるを得ない。

THE GRAND MOSQUE OF PARIS : A Story of How Muslims Rescued Jews During the Holocaust
パリのモスク ユダヤ人を助けたイスラム教徒
著者:Karen Gray Ruelle、Deborah Durland DeSaix、池田真理(訳)、彩流社・2010年7月発行
2018年7月2日読了
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パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒
カレン・グレイ・ルエル
彩流社
2010-07-15

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