男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2018年08月


東京から群馬県高崎市に戻ってきた宇田川静生、三十代独身神主見習いの仕事と長期アルバイトに人生を削る日々の中、東京出身の工房経営者と出会う。自由で奔放な生活は憧れでもあったのか、宇田川はその空気に馴染むが……。
地方都市の美しさと、そこで生き抜くことの厳しさを、緩急ある文章で味わえる。

・木工職人・鹿谷氏の工房で集う愉しみ。高校の後輩・蜂須賀譲との淡い関わり。地元での新鮮な出会いと期待は大きくなるばかり。
・神職、そして人生設計の問題。犬の形をした絶望(p98)。どこかで狂ってしまった歯車は、そのまま回り続けて……。
・「まだこんな時間だからこそかれは、夜をやり直すことができると思ったのだった」(p115)
・手にしたと思ったものが壊れてゆく瞬間は、確かにある。後半のドラマチックな展開とスピード感が素晴らしい。

考えて、考えて、「過去が過去になっていく」(p268)。これって、つまり漸進ってことだ。
人へのたゆまぬ対峙が人生を形づくってゆく。納得の谷崎潤一郎賞受賞作だ。

薄情
著者:絲山秋子、河出書房新社・2018年7月発行
2018年8月26日読了
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薄情 (河出文庫)
絲山秋子
河出書房新社
2018-07-05



政府主導の欧米化政策が庶民レベルに到達した1910年頃(p22)より和洋の混淆した生活が浸透し、1920年代に持ち家政策が進められることにより、かつて借家が中心であった日本の住宅事情は、中間層を中心に徐々にマイホームの取得へと向かわせる。1922年の平和記念東京博覧会に「文化村」が出現したことは、その象徴でもある。
本書は、座敷、居間、台所、玄関の間、トイレなどの「部屋」に着眼し、明治以降の住まいの変遷を探ってゆく。伝統的な書院造に「洋室」が入り込んだ時期を含め、それぞれの時代の意向を反映させつつ、紆余曲折を経て現在日本のLDKスタイルに落ち着く様がみてとれる。

・日本の玄関は、単なる出入り口ではない。沓脱の機能とともに、公私の区別という精神的な意味合いを持つ場所であるか。なるほど(p57)。
・明治時代の家族団らんの光景。それは家長あるいは夫人が時間と場所を用意しての人為的なものであったという。こんにちではテレビ中心のリビングとなってしまったが、これは良い習慣だったと思う(p66,71)。「お互いが直接会って話ができるそうした時間をつくること」、その努力(p87)は現代社会でこそ重要だな。
・座敷あるいは応接室で客人をもてなすということ、それは自己の主張でもあり(p119)、接客は文化である(p130)。住まいは単なる寝ぐらではなく、文化的な住まいを作る努力が必要とある(p131)。
・ダブルベッドではなく、日本の寝室でツインベッドが普及している理由は、布団文化の継承によるもの(p157)。また夫婦のベッドルームを分けるメリットには興味を覚えた(p164、一輪の花を捧げて扉をたたく)。
・1920年代のタイル張りブーム。トイレと湯殿(風呂ではない)の蘊蓄は面白い(p181,186)。
・気候風土とのたたかい。夏目漱石が「猫」を書いた屋敷は、ある意味、日本の住まいの理想像ともいえるな(p198,215)。

個人が住まいをデザインする楽しみ。それは内と外に向かって生き方を顕現させることであり、そうであれば、現代の金太郎あめ的なLDK様式が本当に良いのか、と著者は問う。個人と家族の価値観を突き詰めることは、部屋の概念を「場」に置き換えることでもある。これが未来の間取りのヒントになりうるのだな。

「間取り」で楽しむ住宅読本
著者:内田青蔵、光文社・2005年1月発行
2018年8月23日読了
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道元禅師と明恵上人の歌にはじまり、良寛、一休禅師、在原行平、西行法師の詩歌にあらわれた、日本の四季と人生観、そのこころを解く。
・「隈もなく澄める心の輝けば/我が光とや月思ふらむ」(明恵上人)の詠まれたシチュエーション。自然に没入・一体化した僧の「澄める心」の光を、夜明けの月は月自身の光と思う、か(p9)。
・唐の文化を吸収した平安から、武家文化の鎌倉へ政権は遷移するも、雅な宮中文化は継承される。和泉式部や赤添衛門、紫式部や清少納言、小野小町。日本文化の千年。
・禅の「無」の境地を僕は誤解していた。「万有が自在に通ふ空、無尽蔵の心の宇宙」であり、論理よりも直感、内に目ざめるさとりか(p23)。

こころが洗われるよう。日本文学を新しい目でみる契機になった。

美しい日本の私
著者:川端康成、Edward G Seidensticker(英訳)、講談社・1969年3月発行
2018年8月17日読了
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「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」(p27)
唐突。あまりにも唐突な、マカオのホテルでの娼婦の宣託が、38歳の独身ビジネスマン、中井優一の疲れた身体に染み渡ってゆく。「北の国」の亡命王子から持ちかけられる取引、謎の幽霊子会社の存在、そして、過去の憧れの女性、鍋島冬香。
旅の意味とセキュリティ・コードをキーワードに、香港、マカオ、ホーチミン・シティを巡る冒険譚は、ページをめくるたびに興奮させられる面白さだ。そうか、香港のオクトパス・カードはEDYだったのか。

・自身の存在意義を守るためなら、人は、企業は、どんな所業でも行う。暗号化方式のセキュリティの欠陥と親会社への還流資金の流れをつかんだ中井は、自身の存在を護るため、ある行為に出る。二泊三日の亡命劇。王になるために「一線」を超えたとき、人はどう変化(へんげ)するのかをみせてくれる。
・「誰が誰を監視しているのかさえ、絡み合ったスパゲティみたいで分からなくなっている」(p584)
・高校一年の入学式からはじまる戯曲は恩讐に彩られている。顔と名前が変わっても、その恋しい後ろ姿は懐かしく、次々と物語の謎は解かれてゆく。

「旅を続ける力って、何だろう?」(p517)著者の答えは明快だが、誰もが異なる解釈をもって人生の旅を続けている。
カーテンコール「収音機時代」での二人の女性の哀しすぎる邂逅も、その旅のこたえなのだろうか。

未必のマクベス
著者:早瀬耕、早川書房・2017年9月発行
2018年8月12日読了
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