2019年01月
『大正浪漫 グラフィックデザイナーの原点 竹久夢二展』展 明石市立文化博物館
『夢二画集「旅の巻」カバー』(明治43年)
『少女一二ヶ月双六』(昭和3年)
夢二の写真作品も多数展示。愛用のカメラも(ベスト・ポケット・コダック。同型品)。
門 夏目漱石 [読書記]
水晶宮物語 ロンドン万国博覧会1851 松村昌家 [読書記]
図説 ヴィクトリア女王 デボラ・ジャッフェ [読書記]
都会の幻想(モダン都市文学Ⅳ) [読書記]
アフター・ヨーロッパ イワン・クラステフ [読書記]
国家が国際社会のアクターとしての役割を減少し、世俗主義に統治され、ナショナリズムも抑制された世界。これがEUモデルであり、西欧世界を中心に世紀を超えた努力によって実現を目指してきた。一方でアジア・アフリカ・南米では国家も宗教も民族的ナショナリズムもいまだに国際政治の主要な原動力であり、たとえば社会主義市場経済なる暴力的な中国モデルが幅を利かせつつあるのが現実だ。そこでは民主化の努力は放棄され、国民が「居住国」を変える方法が選択されつつある。エスケープ、すなわち先進国への移民。EUは格好のユートピアだ。
2010年代になって移民問題は変化した。大挙してEU外から押し寄せる移民に対し、東欧は門戸を閉ざし、ドイツ、オーストリアは大量の移民を受け入れた。税金が使われ、職を競合しあうことなるため社会下位層を中心に不満は募る。「国が乗っ取られる! 自分たちの生活が脅かされる!」 その結果が社会多数派の右傾化、ポピュリズム政治の台頭であり、民主政治の性格の変化である(p30)。英国民が選んだ「EUからの離脱」はその象徴でもある。
・この世界で階級間の不平等は問題ではない。諸国民の間の不平等こそが重要であり、インターネットでEU社会の豊かさを知った第三世界の民が「移動」を始める(p35)。
・EU内の経済格差に端を発するユーロ圏の危機、英国のEU離脱の衝撃(Brexit:ブレグジット)、ロシアの暴力にEUの無力さを露呈したウクライナ危機。1993年の理想は彼方に遠く、そしていま「難民危機」によりEUの分裂が現実のものになろうとしている(p48)。
・民主主義が不安定化を招くジレンマ。そして、招かれざる移民から欧州を守る「独裁者」は歓迎される(p41)。
・「移民の時代において、民主主義は包容ではなく、排除の手段として作用しはじめつつある」(p17)
・選挙の変貌。かつての左派と右派の対立は、国際主義(リベラルな人々)vs民主主義(排外主義的な人々)の対立に代わってしまった(p77)。なるほど、日本の現状を鑑みても納得できうる。
・やがて、ポピュリストは直接民主制を謳って国民投票を、すなわち議論ではなく、感情に訴えての秩序破壊を手段とする(p99)。
オーストリア=ハンガリー二重帝国の実験、すなわち平和的な民族間協力、民族主権の自主的な制限、独自の文化を保ち継続させる民族集団の結束と発展は、そのままEUの実験でもあった。これが失敗しつつある現在、秩序の失われた世界が姿を現そうとしている。
翻ってこの日本はどうなのか。スピード可決された移民法が2019年4月に施行される。最長5年と謳ってはいるが、現在でも問題となっているように、姿をくらませた移民は半永久的に日本にとどまることができる。貧困ゆえに集団犯罪に走る彼らの姿が目に浮かぶ。特に農村部の未来は真っ暗だな。
「アフター・ジャパン」
根本的に道徳観念と文化が異なるだけでなく、反日教育を受けた若いC国人やK国人が大量に流入する将来を思うと……ああ、この国のナショナリズムに火がつき、社会がさらに右傾化するのは時間の問題だ。
……それが目的で移民法案を強硬成立させたのなら、右寄り現政権の手腕はお見事というほかない。
移民問題は、民主主義を市民統合の手段から、他者排除の手段へと変化(ヘンゲ)させる。日本にとっても対岸の火事ではない。和解と妥協の精神を忘れないようにしたい。
AFTER EUROPE
アフター・ヨーロッパ ポピュリズムという妖怪にどう向き合うか
著者:Ivan Krastev、庄司克宏(訳)、岩波書店・2018年8月発行
2019年1月9日読了
世界戦争の時代とイギリス帝国 佐々木雄太 [読書記]
第一次・第二次世界大戦と冷戦期におけるイギリスの政策と、世界戦争が帝国を変貌させる様相がイギリス本国、インド等の帝国諸地域、日本を題材に論じられる。それは、本質において拡大、あるいは現状維持を戦略的課題とする保守主義の外交戦略であったことがわかる。
・20世紀、それは一億人が非業の死を遂げた戦争の時代。なかでも第一次世界大戦はイギリスにとって特別な戦争であり、本国の社会システム、帝国構成国の意識に変革を生じさせた。特にインドと本国を結ぶ海路・陸路にとって死活的な意味を持つオスマン帝国解体後の中東世界の保護国化がイギリスにとっての戦争遂行の目的とされ、これが後々にまでイギリスに災いをもたらすこととなる。
・1934年にチェンバレンの提起した「日英不可侵協定」(p67,236)。結局、建艦競争に躍起となった日本が拒絶したが、これが現実のものとなっていたら、こんにちの世界はどうなっていただろうか。
・第三章では、冷戦の起源として、19世紀以来続く英国とロシアの東地中海やバルカン半島をめぐる確執があげられる。中央アジアにおけるグレート・ゲームを含め、イギリスとソビエト・ロシアという「二つの帝国」の摩擦という歴史的視野から展望すると、なるほど、違った側面が見えてくるな(p96)。
・哀しくも大きな矛盾。第二次世界大戦後の帝国=植民地とコモンウェルスの防衛に当たって、対外関与を縮小すればソ連の膨張を招き、対外関与を増大すれば軍事力の希薄化・財政の圧迫により国力の減少につながるジレンマ。結局プライドを横に置き、米国との協調の必要性という政策へ帰結することになる。チャーチルはさぞ嘆いたことだろうに(p101)。それでもアジア冷戦への関与等、時代錯誤的な帝国意識にもとづく政策が継続されることになる。激変した世界、その現実を直視しつつも呻吟するイギリスの姿がそこにある。
・オスマン帝国の瓦解を是認する「民族自決権」をイギリス人が高らかに唱えるとき、インドは決して彼の視野には入らない。このダブル・スタンダードがインド人の不信感を徐々に増大させ、巧みな帝国統治にもかかわらず、第一次世界大戦後に大衆化した民族運動による自治権要求から独立要求へのヒートアップを抑えることはできなくなる。そして悲劇の印パ分裂独立へと至る(第五章)。
・第二次世界大戦時の英国派遣黒人アメリカ兵に関する第八章は、人権・人種意識のイギリス人とアメリカ白人とのあまりの格差が浮き彫りになったようで、イギリス人民間人の民主主義的良心、ただし上から目線でのそれが顕著であったことが印象に残った。
・ベトナム戦争にのめりこむ米ジョンソン政権に対してイギリスが打った一手、コモンウェルス・ミッション構想は注目に値する。結局は北ベトナムと北京政府の反対によって失敗するも、軍事的勝利に確執する米国に意見し、「経験主義的な伝統を背景に現実主義的な和平外交」(p347)を展開できるのは、さすがイギリスというべきか(第九章)。
第六章では、東アジアにおける二つの帝国「イギリスと日本」の関係が考察される。第一次世界大戦のグローバルな性格は、日本をより深く世界に結び付ける。なかでも二十一箇条要求は、中国人の抗日運動を誘発しただけでなく、日本の予想を超えてアメリカとイギリスの警戒心を強める結果となった。
・第一次世界大戦期において日英関係は冷却する。日本の二十一箇条の要求は山東半島だけでなく、イギリスが伝統的に自らの勢力圏と考えてきた揚子江地域の利権に関する条項を含むため、イギリスの不興を買った。さらに第五号条項には政・経・軍への日本人顧問の招聘、日中合同警察、兵器の日本からの供給など、当時の帝国主義世界の常識からしても過剰な「希望」が含まれており、日本の意図に関するイギリスの疑惑を招いた(p214)。
・インドの独立運動に対し、あからさまに擁護する姿勢を示す日本。東京へ亡命・潜伏中の政治犯引き渡し要求に際しても、右勢力の反対運動に政府高官が理解を示すなど、インド帝国の宗主、イギリスを逆なでする(p217)。
・大戦中の日本海軍の活躍は大いに評価されるようになったものの、イギリスにおける日本との同盟に関する見方は様々。イギリス海軍省は今後の太平洋やインド洋での戦闘に、同盟国の日本海軍にその役割を期待する。一方でイギリス外務省では、日本との結びつきはイギリスの利益をもたらさないと考える者が大勢を占めた。日英同盟が日本の中国への進出を後押しする機能しか果たしていないと問題視するアメリカとの関係、カナダによる反対、なにより、揚子江地域における日英間の経済競争の激化等から、同盟を破棄する意見が優勢となる(p222)。まるで現在の米海軍と海上自衛隊の良好な関係と、外交・経済面での米中関係の緊密さを見ているようだ。
・1921年より開催されたワシントン会議で、アメリカの主導により日英同盟は破棄され、英米仏日の四国条約が調印される。一方でアメリカが国際連盟加盟を拒否して以来、1920年代を通して英米関係は冷却したため、突出する日本へ共同して圧力をかけることは行われなかった(p225)。その結果が、日本軍部のさらなる増長を招いたとすれば、皮肉ですらある。
第一次世界大戦後、その版図が史上最大となった大英帝国。その規模と結束を維持する「本国」の苦悩は否応にも増すばかり。
戦間期に顕著となった民族主義の動向を過小評価したこともあり、帝国の紐帯は弛緩し、最期はいかに威厳を保ちつつ、帝国を解体するかに知恵を絞ることとなる。膨張しすぎた帝国の崩壊は、ソ連のものだけではなかったのだ。
イギリス帝国と20世紀 第3巻
世界戦争の時代とイギリス帝国
編著者:佐々木雄太、ミネルヴァ書房・2006年12月発行
2019年1月7日読了
図説ベル・エポック 1900年のパリ フロラン・フェルス [読書記]
当時の世界的イベントであった万博、カフェ・コンセール、色彩豊かに街を彩るポスター群、音楽、劇場、そしてパリジェンヌ。現代人の想像を突き放してはるかに輝くきらびやかな世界が、ベル・エポックのパリに実在した。
本書は、20世紀の幕開けとなる1900年パリ万博を軸に、絵画・音楽・文学などの芸術と社会風俗を題材に、カラー図版を含む350枚ものビジュアルとあいまって、著者の雅やかな文章により見事に時代を活写する。
・フォリー・ベルジェール、スカラ座、オランピア、そしてアンバサドゥール。光り輝くパリの夜でカフェ・コンセールはディナーと"今宵の出し物"を提供する。ロイ・フラー、ジャヌ・アヴリル、コーディユー、ユージェニー・ビュッフェ、マイヨール、アリスティド・ビュルアン。彼らを観て満足するは、着飾った女性とエスコート役の口髭のダンディだ。当時のポスター(p18~23)に20世紀初頭のパラダイスがうかがえる。
・「不滅の女性、なかば神格化され、この芳醇な時代をもっとも特徴的に表現」(p29)したサラ・ベルナール。本書でも7ページに渡って彼女の魅力があますことなく伝えられる。まさに芸術家の生涯!
・本書前半ではルノワール、ドガ、ロートレックもさることながら、、同時代のパリ・ジェンヌと街の情景を描いた作品としてジャン・ペローの作品が際立って目立つ(p49,58,59,62,67,70,71)。華やかな時代の「パリで生きる喜び」(p57)、そして人の動きが良く描き出されていると思う。
・当時の非常識かつ先駆的なポスト印象派やモダンアートの作品群、ミュシャ、ルイ・ルグランなど新進作家のポスター芸術に触れると、伝統的な「サロン」の作品は退屈に見えて仕方がないな。
中盤までは楽しく読めるが、最終盤は美術史に詳しい向きでないと難解だと思う。それでも盛りだくさんの図絵・写真と雅やかな文章により、ベル・エポックの雅やかな雰囲気を堪能できた。
図説ベル・エポック 1900年のパリ
著者:Florent Fels、藤田尊潮(訳)、八坂書房・2016年12月発行
2019年1月2日読了
帝国航路を往く イギリス植民地と近代日本 木畑洋一 [読書記]
幕末から明治、世紀末から第一次世界大戦へ。それは帝国主義世界が顕わとなり、国ごとの優勝劣敗がはっきりと分かれる過程であり、その体制のなかへ日本が自ら組み入れられていった時代である。
新生大日本帝國の初期に西洋、なかでも英独仏への渡航者は、横浜・神戸から上海、香港、シンガポール、ペナン、コロンボ、アデン、スエズ、アレキサンドリア、マルタ、ジブラルタルを経由して赴くわけだが、これらすべてが大英帝国の植民地、あるいは影響下の寄港地であることに驚嘆したという。すなわち、エンパイア・ルートである。
本書は、伊藤博文、渋沢栄一から遠藤周作まで、1860年代から1950年代にかけて帝国航路を渡航した日本人の思惑、特に東洋・西洋世界と日本を比較し、世界並びにアジアにおける将来の日本の立ち位置を模索した多様な人物を拠りどころに、旅の記録を読み解く。ダイナミックな世界史の動きが、帝国航路の旅を通じて日本の中へ浸透する様相が提示される。
・なんと豊富な航海記! 外交官、軍人、学者のみならず、電気工事業者など一般国民のものまで網羅され、帝国航路とイギリス支配に対する多様な見解が窺える。目立つのは、現地人への同情と、イギリスに代わって日本がこの地を統治し、彼らを解放するとの思惑で、その意識が大東亜共栄圏につながったといえよう。
・第二次世界大戦が終結して1950年代半ばを超えても、遠藤周作が直面したように、英仏人の人種差別意識は絶えることがない(p207)。西洋諸国民の帝国意識の残滓が拭い去られるのは、ごくごく近年のことであったことを忘れてはならない。
・アジアの人々を野蛮視し「亡国の民」を哀れみ、日本人との差異を見出す19世紀の旅路から、西洋世界を猛追する日本が存在感を増し、やがて英仏に代わって大日本帝国によるアジア人民の統治を意識する。日本排斥運動など、現地とのギャップを孕みつつ、勢力拡大を続け、日中戦争、太平洋戦争に至る、か。エピローグ最後の節「帝国航路と近代日本の軌跡」に、本書の結論が示される(p215)。
大英帝国の強大な力と、各地域の人々がそれに屈従する姿。「世界」としてのイギリスが君臨する空間が帝国航路だったのである(p211)。
P&Oなど、英仏の郵船会社に加えて日本郵船、大阪商船が欧州航路に就航したことは、当時の日本人にとってはさぞ誇らしいことであったろう。興味を持たれた方は、本書でも紹介されている和田博文『海の上の世界地図』、橋本順光『欧州航路の文化誌』の併読をお奨めする。
シリーズ日本の中の世界史
帝国航路(エンパイアルート)を往く イギリス植民地と近代日本
著者:木畑洋一、岩波書店・2018年12月発行
2019年1月1日読了