男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2019年04月

森宮優子。三人の父親と二人の母親を持ち、姓は3回、家族の形態は7回も変わった。複雑な家族事情をかかえつつも心配事のない日々を今日も送る17歳の高校三年生の日常がつづられる。
・現在の父親である「森宮さん」の"食"と"家族"へのユーモアあふれる姿に何度もニヤリとさせられた。一方で、良い父親であろうとする彼の「胃の痛み」(p255)にはぐっときた。最後の最後になってわかるが、なんてまっすぐな人なんだろう。
・後半になって物語は静かに盛り上がる。「まっすぐに涙を落と」す(p369)水戸氏の強い想い、泉ヶ原氏の穏やかな強さ、梨花さんの娘想い(p329「母親が二度も死んだら……」)。そして……。森宮さんの言葉「優子ちゃんの故郷はここだよ」(p364)といい、水戸氏の手紙といい、愛されることの幸せが、日常のすき間からあふれ出てくる。
・ところで、第1章に23節が二つあるのは、何だろう?(p246,264)
いい親、いい娘、家族になってゆくということ。家族のための自分。ラストのタイトル回収で、胸のすく思いがした。納得の本屋大賞受賞作。素敵な物語に、ただただ感謝。

そして、バトンは渡された
著者:瀬尾まい子、文藝春秋・2018年2月発行

夏目漱石と同時代、単身でアメリカ、パリ、ロンドンに渡り、苦節十年の末、独特の水彩画がブレークし、"霧のマキノ"としてイギリス美術界、社交界に名を馳せた人物がいた。霧の画家、牧野義雄である。
本画集では、牧野のロンドン時代の作品を中心として紹介される。また、第二巻にはパリ、ニューヨーク時代の作品も含まれる。
・『ピカデリー・サーカスの夜景』:夏の夜だろうか、まだ薄明るい中に立ちこめた霧が電灯に照らし出され、エロス像と馬車が広場を行き交う人々を引き立てる。一番のお気に入り。
・『ハイドパーク・コーナー』:霧に灯が浮かび上がるハイドパークの夜の闇。それでも馬車と人の群れは絶えることがない。ヴィクトリア時代からエドワード時代にかけての大英帝国の活況が画面から溢れ出てきそうだ。
・『月夜のヴィクトリア・タワー』:雲に月光が反射し、薄明るい夜に国会議事堂の黒いシルエットが浮かび上がる。灯りの下に佇む(たぶん)若い女性は、ウエストミンスター・ブリッジの向こう側から来るはずの良人を待っているのだろうか。ムード溢れる一作だ。
・『ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館』:霧の満ちたサウス・ケンジントンの一角で、宵の中に歩む貴婦人達は、鑑賞したばかりの質の高い芸術をたたえ合っているのだろうか。後期印象派の影響が感じられる一作だ。
・『凱旋門』:よくある全景を描く構図ではなく、凱旋門の部分を切り取り、夜の通りの雰囲気を醸し出した作品となっている。

漱石と同時代の牧野義雄、その作品の魅力を堪能することができた。

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牧野義雄画集
牧野 義雄
雄山閣
2007-10




最上級生ともなれば、音楽と青春だけしているわけにはゆかない。何より久美子は部長だ。部全体のこと、大会のこと、まぢかに迫るサンフェスのこと。考えることは山ほどある。
自分の将来のことは?
黄前久美子、高校三年生。新入生と、強豪校から転入した真由を迎えた彼女の「焦燥感」を憶えつつの最終学年の活動が描かれます。
・黄前相談所は今回もフル稼働。無意識のうちに「ことば」を発してしまう久美子も健在で一安心(?)だが、部内の空気はそんな軽口を許さない雰囲気に……(p190)。
・「パンダ」の件にはニヤリとさせられた(p173)。奏はこうでなくちゃ。
・「朝の空気を貫く、まっすぐな音色」(p181)麗奈の性格がよく現れている。
・戸惑いオーディション。目を逸らすことのない(p322)部長としての久美子の存在感がある。
今回もトラブル続出で、面白さとほろ苦さに「金賞」です。後編が待ち遠しい!

響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章・前編
著者:武田綾乃、宝島社・2019年4月発行

温泉旅の醍醐味、外湯めぐりとはしご湯をはじめ、その地ならではの温泉街を愉しむ特集「湯めぐりしたい温泉街」が秀逸。対象はは野沢温泉、有馬温泉、伊香保温泉、かみのやま温泉、山中温泉、白浜温泉、伊東温泉、指宿温泉、日奈久温泉、あつみ温泉、俵山温泉で、それぞれ2~4ページで宿湯、共同湯、名産品が紹介される。市街地の「町なか温泉銭湯巡り」もなかなかのもの。
第二特集「美しい瀬戸内紀行」も興味深い。呉、竹原、鞆の浦、児島、牛窓と有名どころだが、情緒あふれる町並み(竹原)、博物館(「むかし下津井回船問屋」など)、グルメ(「お好み焼き ほり川」など)と、本誌の視点から見どころが紹介される。できれば、大崎下島も掲載してほしかった。
鉄道時間旅行は「JR日光線」で、日光が観光地として開発される経緯と交通網の整備について解説される。鉄路に歴史あり、か。

20世紀のプラハ・ベルリンと21世紀のロサンジェルス。子供の世界から大人の領域へ踏み出そうとする、時代を超えた二人の少年の冒険。その奇跡の邂逅が魔法を現実のものとする。
・モシェの人生最初の試練=母親の静かな旅立ちのシーンでは思わず涙した。そしてページをめくると「永遠の愛の魔法」ときた。やられた(5章、6章)。
・人生の変わる一瞬は存在する。錠前師に連れられて観たサーカスの公演は、モシェに決意を促した。父を置いて家を出てサーカス団を追ってプラハからドレスデンへ、小さな者の大きな冒険(11章)。泥と酔いの中で授けられた名前こそ、ザバティーニ(p160)。
・モシェとマックスの出会いと再びの邂逅はとてもユーモラス(18章)。自宅の前に眠る大魔術師の姿には驚かされただろう。「ピエロがいるの?」(p187)にはニヤリとさせられた。
・サーカス団からの脱出。そして「非理性の街」ベルリンでモシェ青年=大ザバティーニはめきめきと頭角を現す。ナチス突撃隊の幹部までが彼のサロンに出入りするようになる。
・ホロコースト。この、人道に対する極めて非道な罪状のもたらした惨禍を語るには、言葉はいくらあっても足りない。モシェにとっては「アーリア人の末裔、大ザバティーニ」として目撃した「水晶の夜」が、顕現された恐怖であり、忘却の対象でもあった(p264)。そしてユダヤ人モシェを「真夜中の訪問者」が訪れる……。
・ゲシュタポに連行されて拷問され、その挙げ句に……。モシェが見せられた凄惨な光景も、優しかった隣人の豹変もキツイ(p306)。
・「カディーシュ」を唱える者(p390)。こうつながっていたのか。

そして披露される愛の魔法。アウシュビッツ強制収容所で行われた奇術が魔法を生む。33章「トランク工場」には涙した。時空を越えた絆の奇跡。これぞ愛の魔法か。
会話はウィットに富み、シリアスな場面ではたっぷり涙を誘ってくれる。信じられないほどグータラなモシェ老人だが、彼の言葉には大いに同意させられた。「〇、信じるなら、〇のままで終わらない」(p192)
時代を越えて二つの人生が交錯し、ひとつの終着点=感動へと結実する。これぞ著者の魔法なんだな。

Der Trick
トリック
著者:Emanuel Bergman、浅井晶子(訳)、新潮社・2019年3月発行
2019年4月18日読了
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トリック (新潮クレスト・ブックス)
エマヌエル ベルクマン
新潮社
2019-03-29


グレート・ウォーが終了して間もない1920年、平和への強い希求が結実しつつも、帝国主義を内在させて発足した機関、国際連盟。
本書は東アジア=中国への集中的な技術援助をテーマに、イギリス帝国および日本帝国の既得権益領域への国際連盟の「進出」が引き起こした混乱と、国際秩序の変化を検討する。また、国際連盟を事実上一国で支えたイギリスの姿勢の変化にも着目する。
中国大陸、特に上海に多大な既得権益を有していたイギリス帝国にとって、また彼の地への進出を画策する日本帝国にとって、中国へ「支援」の手を差し伸べようとする国際連盟の姿は、それぞれいかに映り、どう対応したのかが解説される。
・国際連盟といえば、日本が脱退を宣言する強烈な場面が印象深いが、本書を一読すると、それも仕方のなかったことと理解できる。例えば、事務次長という要職に日本人を置きながら、その存在をほとんどスルーし、まともに分担金すら支払わない中国に対する経済「援助」(連盟は"協力"と表現した)に積極的な保健部長(ユダヤ系ポーランド人)の姿は憤慨ものだし、対中「協力」に傾く事務総長の姿も面白くない。またこの時期、イギリスが労働党政権であったことも不幸であった(第二章)。
・保健衛生、労働、教育、農業、交通など、純粋に技術的とされた援助が、やがて政治的な性格を帯び、常任理事国の日本をスルーし、分担金の納付を10年も滞納する中国への欧米系連盟幹部の肩入れが明らかになる。「ほとんど盲目的に支那に特恵的待遇を与へん」とする(p76)との杉村事務次長の批判は妥当だろう。一人の国際官僚(保健部長)が、職務を逸脱して排日的活動を自由に行う様は、きわめて不快なものに映る。
・国際連盟の理念である和平、国際協調を常任理事国である日本が自ら破壊し、世界の信用を失っていったことに対し、したたかな外交戦術で臨時非常任理事国の地位を確保するに至った中国の手腕はあっぱれというべきだろう(第五章)。また現在の国際連合と異なり「事実上、ひとつの国に資金を注ぎ込む」(p150)連盟の体制を最大限に利用したのも中国だ。本当にしたたかだ。
・WHOもUNICEFも、原案(例のポーランド人が作成した)は戦勝連合国のみを対象としていたんだな。それをアメリカが日本、ドイツを含む「世界」を対象に修正したとある(p244)。

日本が脱退したことをいいことに、日中戦争期の国際連盟では、黄河の堤防に対する事実無根の爆撃非難(イギリスは中国が破壊したと知っていた:p173)やら、連盟規約を最大限に活用しての日本非難決議(p175)など、中国のやりたい放題。日本は連盟を脱退するべきでは無かったのだ。これが、本書を読んでの素直な感想だ。

国際主義との格闘 日本、国際連盟、イギリス帝国
著者:後藤春美、中央公論新社・2016年5月発行

フランス、イタリア、ペルー等々、旅先での出会いと非日常を綴ったエッセイをはじめ、2016年7月31日の絶筆『老いて悠に遊ぶ』まで、単行本未発表文章を収録。
・パリ16区への深い愛情、中国偽物ブランドパワー、男と女のセカンドステージ、三菱一号館美術館などなど、密度の高い雅やかな文章にどんどん引き込まれてゆく。「げにうらぶれは男の魅力」(p77)って、嬉しい言葉だ。
・「最新流行と歴史が交錯して共存する魔都パリのなせる業」(p50)、「カフェひとつとっても、自分を見せるための演技的空間」(p110)、国語と文学を大切にする伝統(p232)、フランス文化の演劇性、成熟した都市文化の証、「劇場感覚」(p152)、等々。フランスの魅力、たまらないな。
・「彼方にきらめきたって、魂があこがれいでてゆくような」(p79)はるかなもの。「月の音に聞き惚れる」(p198)。著者の文章からは月の不思議な魔力が伝わってくる。なるほど、静かに夜の訪れを待つってのも良いものだな。
・日常に潜む非日常的な経験をとらえること(p259)。これは内田義彦氏の人物論の一文であるが、「世界認識」「学問と芸術」「天の非情さ」など、五章には啓蒙される内容が多い。

「言の葉の贅沢」を満喫。ワイングラス片手に愉しく読ませてもらった。

都市のエクスタシー
著者:山田登世子、藤原書店・2018年12月発行
2019年4月5日読了
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都市のエクスタシー
山田 登世子
藤原書店
2018-11-22


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