人が幸せになるってどういうことだろう。人生の分岐点を成功側に導く勇気。そんな勇気をあたえてくれるちょっとしたキッカケさえつかめれば……。
勇気を持てずにいる財務担当社員、不倫関係に悩む女流作家の卵、過去の人とみなされた調香師、それに変革に踏み出せないでいるブルジョワ男性。本書は、様々な境遇で悩ましき人生を送る老若男女が、ふとしたことから「黒いフェルト帽」を手にし、運命を切り開いてゆく様を描写する。
・きっかけは偶然の出来事だった。ブラッスリーで牡蠣にビネガー・ソースを数滴たらし、その男の声を聴く。「私は先週それをヘルムート・コールに言ったんだが……」隣接するテーブルに大統領がいる! ダニエル・メルシエの奇妙な運命はここにはじまり、
"置き忘れた"帽子は、ファニー・マルカンの人生をも劇的に変えてしまった。
・ピエール・アスラン。一世を風靡しながら、時代に忘れられたスター調香師の現在の姿はみじめだ。彼もまた帽子を手に取り、人生を変えてゆく。到来した偶然のチャンスを引きずり掴むその強さを、僕も持ちえたいものだ。
・後半に登場するはブルジョアのベルナール氏だ。古い価値観にしがみつき、晩餐会での左派を呪うお決まりの会話に、お決まりの食事、旧弊を美徳と思い込み、世に背を向けることで自分を正当化する一群の人々の中に、彼もまた埋没するのか。だが彼は時代と向き合うこと(p153)を知り、行動した。すがすがしいほどの共感を得られた気がする。
「……自分の運命に立ち向かい、果敢に行動していかねばならない」(p174) 仮に帽子を手にしなければどうだったのだろう。きっかけは何であれ、彼らはそれでも、チャレンジ精神を発揮していたと信じたい。
それにしても、ミッテラン氏の懐の広さは見事。そしてシーフード・プレートと白ワインの描写も見事。今度パリへ行ったときに試してみよう。
LE CHAPEAU DE MITTERRAND
ミッテランの帽子
著者:Antoine Laurain、吉田洋之(訳)、新潮社・2018年12月発行