男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2019年09月

1920年代の戦間期のみならず、明治後期の日本の若者のフランス志向とその文化への憧憬は、インターネットと電子機器に囲まれたわれわれ現代人の想像をはるかに超越したものがある。
・最盛期の「明星」を縦横無尽に造り上げた与謝野鉄幹の才能! 時代の先端を行く「フランス文芸」の翻訳をいち早く掲載するだけでなく、活字フォントのサイズを巧みに変えて、言葉の響き、ささやき、谺(こだま)を誌上にあらわし、読者の想像力を書き立てる手腕は、一流の雑誌編集者・WEBデザイナーに通暁するものを感じる。文芸と美術の融合という点でも素晴らしい。
・ときはフランス印象派の隆盛期。彼の地の芸術家が「江戸趣味」「浮世絵」に熱中し、本邦の若者(と言っても富裕層と中間層)が「フランスかぶれ」となる傾向には興味深いものがあるな。
・パリの「芸術運動の重なる一要素」である「カフェエ」など東京に存在しない。ならば似たものを探そうと「パンの会」が結成され(p100)、フランス趣味とならんでエキゾチズムとしての江戸趣味が「江戸情緒的異国情緒的憧憬」として捉えられていたのが興味深い。
・「群衆に湯あみする悦楽」「群衆に立ちまじって在る酩酊感」を愉しむボードレールや与謝野晶子に対し、永井荷風はモンマルトルでの孤愁と「女」を愛した(p125)。だから『ふらんす物語』は、いま読んでも面白いのか。
・パリでドビュッシーやダヌンツィオに会い、名優と夜を徹して語り合った日本の文人たち(第6章)。なんてアグレッシブなんだ。
・与謝野晶子『みだれ髪』、上田敏『海潮音』、石川啄木『一握の砂』、永井荷風『腕くらべ』 これらを読む気にさせられた。幸い、手元にあるし。
・戦前日本において「個を圧殺する多数決を善しとしなかった」(p194)アナキスト大杉栄の姿勢は、いまの日本でこそ重要な意味を有すると思う。

「日本語そのものの品格。これは、外国語の流入に直面した明治から二十一世紀の現在までいまだに解決をみていない問題である」(p20)
古語の憂い、文語の威。美文、雅文、躍動感に富んだ口語体(p189)。それらが明治を経て大正期に「新しい日本語」として定着する様相を追うことが、本書の隠された主眼である。西条八十、北原白秋に代表される新しい童謡と昭和の歌謡曲を経て、アメリカ語が席巻する平成グローバリゼーションをわれわれの日本語はついに内包した。権威を離れて、有名人という流行の律動(p249)の傾向はますます加速するだろう。令和の時代に日本語がどう変容・進化してゆくのか、興味深いところではある。

「フランスかぶれ」の誕生 「明星」の時代1900-1927
著者:山田登世子、藤原書店・2015年10月発行
2019年9月29日読了
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2019年9月16日(月)

6時起床。朝食前に北のウォール街~小樽運河を散歩します。人はほとんどいません。
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「運河の宿 おたる ふる川」の朝食は運河を眺めながらのバイキング。まぁまぁ、かな。
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■小樽慕情

チェックアウトして荷物を預け、堺町通りを歩きます。朝のうちは人もまばら。11時を超えるあたりから急激に観光客でいっぱいになりました。
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常夜灯と小樽オルゴール堂本館。好きな光景です。
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蒸気時計。毎時0分、30分に面白い音が鳴動します。
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小樽オルゴール堂本館の2階と3階はちょっとした博物館。写真撮影OKと太っ腹。
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オルゴールを買ってしまいました……。

小樽といえばきらめきのガラス。北一硝子でお茶用グラスとポストカードスタンドを購入し、北一カフェへ。
小樽ビールと塩ラーメンの黄金の(?)組み合わせを満喫です。
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■小樽市総合博物館・運河館

ここは明治~昭和の小樽の賑わいを再現しており、遺された当時の文物が異彩を放っている。個人的に当たりの場所です。
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ゴールデンカムイ。一度見てみようかな。
https://kamuy-anime.com/
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これで今回の観光は終了です。
外は激しい雨じゃないか。ホテルまで徒歩5分、タクシーを呼んでもらって小樽駅へ向かいます。
またまた土産物を買い込んで、15時20分発の快速エアポート154号で空港へ向かいます。

■新千歳国際空港

16時12分に空港へ到着。ああ、すごい人混みです。荷物のドロップインの行列で20分もかかってしまいました。
そして神戸空港へのフライトは「機材の都合」で、18時15分発が19時20分発に延期となってしまいました。

3階にちょっとした展示コーナーが。神戸空港もこんなのをつくれば良いのに。
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さて、19時20分にANA578便へ搭乗です。お詫びの夕食代として搭乗客一人に千円の返金があった。
いや、遅れても良いので、安全に神戸まで飛んでくれたら……。
1064キロ、1時間44分の最後の航空旅行です。

21時16分、無事に神戸空港へランディング。22時50分に無事に帰宅できました。

小樽、余市はとても良いところでした。
次はどこへ行こうか?


駄文にお付き合いくださり、ありがとうございました。

2019年9月15日(日)

6時30分起床。
JRタワーホテル日航札幌の和朝食は、とてもおいしかった。
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チェックアウトして5分で札幌駅に到着。さぁ、余市へ向かおうか。

9時26分札幌駅~10時7分に小樽駅へ到着(640円)。電車の本数が圧倒的に少ない。
コインロッカーにキャリーケースを預けて、小樽駅と周囲を観察、と。
良い雰囲気だ。
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下り坂の向こうに石狩湾が見えるぞ。
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ホームは風情があって良い。石原裕次郎も。
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10時53分発の2両編成の倶知安(くっちゃん)行きローカル電車に乗って余市へ向かいます。icocaが使えないとは、なんとも不便な。
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11時17分、JR余市駅へ到着。この寂れた光景(失礼!)は、旅をしている気持ちにさせてくれます。
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■ニッカウヰスキー余市蒸溜所
https://www.nikka.com/distilleries/yoichi/
気のせいか、4年4か月前に訪問した時よりも観光客が激増しているような……。
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石炭直火蒸溜。蒸溜塔で石炭を補充する姿は、ここの特筆すべき風物詩でもあります。
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これが樽になるんですね。
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移築された旧竹鶴邸。
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熟成されるウィスキー。ここは1号棟だが、高度に機械化された工場でも、ウィスキーは樽の中に保存・熟成されているとは、小さな驚きです。
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ウィスキー博物館。ここはリタとマッサンの人柄を感じられるようで、何度来ても良いです。
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昼食は余市蒸溜所内のレストラン「樽」で、竹鶴ピュアモルトとジンギスカンをいただきました。
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お土産(余市蒸溜所限定ウィスキー、クッキー等)をたくさん買い込んで……14時30分に観光終了です。
徒歩10分でJR余市駅に到着。改札はまだなんだな。

15時余市駅~15時25分に小樽駅に到着し、キャリーケースを回収。
晴れてくれて本当に良かった。

ゆっくり歩いて20分、今夜お世話になるホテルに到着。

■運河の宿 おたる ふる川
https://www.otaru-furukawa.com/
運河側、テラス付きの部屋は3階にあり、小樽運河が良く見える。
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時間があるので、夕刻の小樽運河を少し散歩しましょう。
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夕食は「料理長こだわりの厳選美味懐石」。ほっぺがとろけ落ちそう。肉をもう少し増やしてほしい気もするが。
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部屋のテラスからパチリ。「夜の小樽運河と満月かな」
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サッポロクラシックビールのおいしさを覚えつつ、眠りにつきます。

残暑厳しい関西を抜け出し、晩夏の西部北海道を巡る2泊3日の弾丸旅行を敢行してきました。

【参考データ】
2019/9/14土 移動、札幌観光
2019/9/15日 余市半日観光、小樽小観光
2019/9/16月 小樽観光、移動

往路便
 2019/9/14土 神戸空港8時25分発ANA577便、新千歳空港行き
復路便
 2019/9/16月 新千歳空港18時15分発(19時20分発)ANA578便、神戸空港行き
宿泊先
 2019/9/14土 JRタワーホテル日航札幌(札幌、1泊)
 2019/9/15日 運河の宿 おたる ふる川(小樽、1泊)

今回も旅のテーマを決めていない。のんびりと旅情を愉しむのだ。


■北の都へ

2019年9月14日(土)

4時55分起床。バスとJR、ポートライナーを乗り継いで神戸空港へ7時8分に到着。ここはミニマムな空港で使い勝手が良いと思う。
ANAのSKIPサービスが使えるので、ただ保安検査を通過するだけ。時間があるのでUCCのカフェでサンドイッチを食す。
8時5分に保安検査をパスし、11分にANA577便に搭乗。A321型機は満席だ。心なしか狭い気もする。
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8時25分に離陸。10時25分には新千歳空港に到着。
さあ、街へ移動です。切符はあらかじめ予約・購入しておいたので楽ちん。
10時45分に快速エアポート107号に乗り込み、11時22分に札幌へ到着。

今夜お世話になる「JRタワーホテル日航札幌」は札幌駅に直結。実に便利だ。キャリーバッグを預けて、さっそく観光開始です。
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■CLOCK TOWER 時計台

正式名称「国指定重要文化財 旧札幌農学校演武場」とあるが「時計台」のほうが通じるでしょう。
それにしても1881年(明治14年)にこんな複雑なからくりを持つ時計台が建設され、いまも鐘を鳴らし続けているとは驚きです。
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2階は講堂で、時計台に関する説明書きも。
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農学校初代教頭、クラーク博士の姿。
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1階は展示室。
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札幌に関するレコード群は、見ていて楽しいな。
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新渡戸稲造の筆記体は美しすぎる。
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■大通公園を歩く
ちょうど「オータムフェスト」が開催されていて、バラックの店と人、人、人で歩くのにじゃま。ここは少し観るだけにした。
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花の母子像
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テレビ塔と踊り子たち
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昼食は、時計台近くの店で「ホタテバターコーンみそラーメン」を食す。これが実に美味だった。
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■北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)
ここは何度来ても良いところだ。
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美は細部に宿る、と僕は確信している。
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「わたしたちの北方領土が云々」って、そんな展示まだやっていたのか。
その一方で、樺太関係資料館は価値高し。
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本気で樺太に行ってみたくなったぞ。豊原=ユジノサハリンスクへのツアーもありそうだし。
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14時30分だ。さて、これからどうしよう。

■円山動物園
ホッキョクグマに会いたくなり、タクシーに乗車。運転手さんによると札幌の冬の積雪量は1.2メートルに達し、道路は片側1車線に減少するという。雪祭りは見るには良いが、生活は大変だな。

15時に到着。タクシー代は1840円。入園料もわずか540円。良心的だ。
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インド象は4匹。
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すごい顔だな。真っ赤なおしりも強烈だったが。
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宮島や奈良に比べるとシカはおとなしい。
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ヒグマ。山中でこんなのに邂逅したら、そりゃ助からないわな。
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いた、ホッキョクグマ。氷の中の魚を夢中で食べる彼女はまだ4歳だそうで。
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こっちは母親。いや、やはり娘のほうが良いな。
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時刻は16時30分、追い出しアナウンスは「動物が眠る時間です」と、まぁ良い感じ。
バスと地下鉄を乗り継ぐのも時間がかかるので、帰りもタクシーにした。ホテル前に乗り付ける。

■JRタワーホテル日航札幌
https://www.jrhotels.co.jp/tower/
部屋は32階、南側の景色が良く見える。曇り空なのがいまいち。
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夕食はホテル35階の「SKY J」を予約しておいた。夜景が実に綺麗だった。
オマール海老に、十勝牛。美味しさを実感できるってことは、人生幸せってことかな?
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このホテル、22回にスパを備えており、選択の決め手となったのだ。
温泉は実に良かったぞ。

23時50分、早めに寝ることにして、明日へ続きます。



アーネスト・ヘミングウェイと、彼の『日はまた昇る』の主人公ジェイクの足跡を求め、現代のパリを歩く、見る、味わう。数多くのアメリカ人ボヘミアンが芸術談議に花を咲かせる左岸のカフェ、いまも変わらぬ緑の輝きを提供してくれるリュクサンブール公園、モンパルナスの輝き。そして、昼日中の喧騒が嘘のように静まり返ったオペラ・ガルニエの夜。「彼ら」の足跡を追ううちに、1920年代のパリに没入する心地よさを愉しめる。
・戦間期パリにおけるヨーロッパ文化の薫り。それはアメリカから一人の若者を惹きつけ招き寄せることとなる。22歳のヘミングウェイは新妻を伴って新聞記者としてこの地にやってきた。昼間は記者として右岸=表のパリで働き、夜は作家になるという野心を静かに燃やし、左岸のカフェに居場所を据える。有象無象の芸術家との出会い、そして街の空気が、シングルモルト・ウィスキーのように、ゆっくりと作家の魂を熟成させる。
・モンパルナス、カルチェ・ラタン、サンジェルマン・デ・プレ、セーヌ河のほとり。ヘミングウェイがいたパリが現在でも健在なのに少なからず驚かされた。次のパり旅行ではぜひ訪れてみたい。
・ヘミングウェイの手にかかると、一片の新聞記事ですら文学作品に昇華される。セーヌ河の描写は見事だ(p48)。
・不夜城のパリ。その夜をセーヌにかかる橋を眺めずしてパリを去るのは惜しい(p95)とは、まさにその通りだと思う。

旅に必須ではないが求められるもの、それは好奇心のエネルギーだ。1920年代から100年近くたった今でもそれは変わらない。僕もそのエネルギーを失わないでいたいと思う。

ヘミングウェイのパリ・ガイド
著者:今村楯夫、小学館・1998年12月発行

現地人居住区で凄惨な殺人の犠牲となったのは、インド帝国の白人高級官僚。それも娼館に隣接する路地でのことである。群衆の見守る中で現場検証を行うは、インド帝国警察の警部ウィンダムと、インド人青年にして帝国警察採用試験上位三名内の成績を持つ部長刑事バネルジーのコンビだ。二人は急遽、警視総監に呼び出される。異例尽くしの捜査命令、したたかな娼館の女主人、介入する軍の諜報機関、不穏な雰囲気を醸し出す現地の独立運動……。
48時間を過ぎてもいっこうにつかめない事件の手がかり。被害者の秘書アニー・グラント嬢、ジュート王、牧師、ベンガル副総督。誰もかれもが何かを知っているのではとの疑念は膨れ上がる。突如命じられた郵便列車強盗殺人事件。時期を同じくして起きた二つの事件は、重要なリンケージを持ち……。前半はユーモアを交えつつ、政府高官殺人と列車襲撃事件の容疑者「テロリスト」センの逮捕劇。後半は「愛国者」センの供述にはじまる、イギリスとインドの確執の物語。センは本当に犯人なのか?
「苦労好きな」イギリス人が作り上げた人工の交易都市、高湿・高温のカルカッタを舞台に、物語は少しずつ動き出す。
・20世紀になっても、多くのインド人はヴィクトリア朝時代の英語を使用していたとは、なかなか興味深いな(p121)。
・ベンガル・ルネッサンス(p135)の華やかさと誇りはどこへやら。アニー・グラント嬢に代表されるインド人とイギリス人の間に生まれた「アングロ・インディアン」の存在と、その哀しみが伝わってくる。
・インド人3億人に対し、現地のイギリス人はわずか15万人。支配する者とされる者。白人の優位性幻想と支配原理。アイルランド出身イギリス人の言葉は、ウィンダムにどのような印象を与えたのだろうか(p173)。
・カルカッタの名門出身にしてケンブリッジ大学卒のインド人、バネルジー刑事部長も好人物。警部のジョークを理解できず「理屈」で返答したり(p227)、女性への接し方がまるで子供だったりと、なかなか憎めない。
・「真実にたどりつきたかっただけだ。そういう意味では古い人間なんだろうな」(p402) 額に拳銃を突き付けられながらも、こういうセリフを吐ける男になりたいな。

後半、ウィンダムが自分を問う展開(p260-261)は、同時にイギリス人によるインド統治の根幹を揺るがすものだ。良心に自分を問うとき、それは正義への道となる。
イギリス支配に反感を抱く「愛国者たち」が非暴力運動に転じ、その日暮らしの貧しい民衆の支持を得ると何が起こるのかを、われわれは十分に知っている。だからこそ、戦間期の彼らの苦闘こそ、本書の影の主役であるともいえよう。歴史ミステリの傑作!
ウィンダム警部とバネルジー部長刑事のコンビはまだまだ活躍しそうで、続編が実に楽しみだ。

A RISING MAN
カルカッタの殺人
著者:ABIR MUKHERJEE、田村義進(訳)、早川書房・2019年7月発行
2019年9月12日読了
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平安の皇族・貴族の世から鎌倉幕府の世へのうつろいの中、その晩年に京を見晴るかす大原は方丈庵に居を構えた鴨長明の半生に照らしての、これは著者、堀田善衛自身の物語である。
・太平洋戦争末期、3月10日深夜の東京大空襲を生き延びた堀田は、翌朝、焼け跡の真ん中にピカピカの乗用車でやってきて、多数の軍人を引き連れて「そこに」立つ昭和天皇の姿を目撃している。彼の目にしたものは、昭和天皇を含む権力者が始めた戦争によって死に瀕したにもかかわらず、「現人神」に伏して詫びる群衆の姿である(p59)。理不尽を超越しての感情の真空状態には、方丈記に示された日本中世の被災地獄が連なってみえてくる。平安朝の貴族社会と隔絶した「濁世」を鴨長明とともに掘り下げる堀田は、そこに、現代にまで連綿と続く日本の「業の深さ」を発見するのである(p232)。
・古典が活かされるとき、それは歴史が大きな転換をしようとする時である。そも、一般市民にとっての歴史とは、たとえば義経、頼朝、平家といった名の通った存在ではなく、よくわからないままに過ぎ去ってゆく実状実態「とき」「こと」「ひと」こそがそれである。歴史の転換のただ中に放り出された人々の心の持ち方は、古今東西変わることがない。生きた人間にとっての古典の価値がそこに現れる(p82,98,107)。
・堀田は述べる。概念世界を構築するものは観念ではない。それは「言葉」である(p137)。
・それにしても、なんにでも興味を示し、文学のみならず音楽の才能も併せ持ち、フィールドワークを好んで実践した男、鴨長明。実に魅力的な人物だ。
・巻末に収録された堀田善衛と五木寛之の対談(1980年9月)も実に興味深い。

個人的体験は歴史に勝る。濁世を直視する二人の男の存在を、しかと見た。

現在の日本で顕著な「責任と無関係な政治体制」は、平安時代に完成したことが明確に示される(p61,100)。
「天皇制というものの存続の根源は」と堀田は言う。生者の現実を無視し、政治のもたらした災厄を「人民は目をパチクリさせられながら無理矢理に呑み下さされ、しかもなお伝統憧憬に吸い込まれたいという、われわれの文化の根本にあるものに根付いているのである」(p221) デモクラシーとは程遠い日本の「平伏市民文化」の根は深いわけだ。
 その昔、庶民と隔離された平安貴族社会の生み出した、現実を無視した「伝統への憧憬」は「一九四五年のあの空襲と飢餓にみちて、死体がそこらにごろごろしていた頃」にも、「神州不滅だとか、皇国ナントヤラとかいう」ばかばかしい話が誇張され、日本文化の雅やかな伝統ばかりが、ヒステリックに憧憬されていたという(p220)。滑稽な話ではあるが、当時は真剣だったんだろうな。悲喜劇。
この思想が現在にも受け継がれ、強化され、この2019年の日本社会、特に政治体制を彩っている現状(もはや隠そうともしない)には目がくらむが、それでも生きてゆくしかない。

方丈記に「世にしたがえば、身くるし。したがわねば、狂せるに似たり。……しばしもこの身を宿し、たまゆらも心を休むべき」とある。現代日本・2019年の現実は、世にしたがえば狂せるに似たり。したがわねば、身くるし、といったところか。

方丈記私記
著者:堀田善衛、ちくま書店・1988年9月発行
2019年9月2日読了
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方丈記私記 (ちくま文庫)
堀田 善衛
筑摩書房
1988-09-01


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