男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2019年10月

元英語教師の留学生、27歳の新波征治は、東京に残した最愛の女性が知らない男と結婚したことを知る。失意の彼を下宿に訪問してきたのは、ロンドンの大学で出会ったドリス嬢だ。夜な夜なパーティに明け暮れる富裕層の若者たち、ブライト・ヤング・ピープルの世界に足を踏み入れたセイジの、秋から冬にかけてのロンドンを舞台にした物語。霧に包まれる秋の街。クローシェ帽と紫色のドレス、ダンス、ジャズ、ジャポニスム、深夜の温水ナイトプール。自動車、電話、写真機、タイプライター。伝統的価値観と新しい女性運動の衝突。社会主義、イタリアに現れたファシズム、世界不況に株価大暴落、そして蔑みの「ジャップ」。ここに、躍動する毎日がはじまる。
・はじめてのパーティ会場。香水の香りと酒の匂い。経験をしたことがない高揚感が身体中を走る。「バンドの演奏で手足を投げ出すように踊るドリス」(p59)。「僕は見よう見まねで手足を動かした」(p57)そして朝帰り。昭和四年の日本人にとって、この体験は衝撃的だったろう。
・国際感覚を磨くこと。「英語が唯一の国際語ですよ」(p72)アジアの覇権を目指す日本にあっても、セイジはわかっているじゃないか。
・ヴァージニア・ウルフ宅を訪問し、コートに身を包む経済学者のケインズを見かけ、街のベンチで『パリ・ロンドン放浪記』のジョージ・オーウェルと実験的な会話を交わし、パーティーでマクドナルド首相と邂逅する。そしてドリス嬢を訪ねたラドローの街で、セイジはついに理解する。「これが僕の英国留学だ」(p238)
・ラストシーンは意外とあっけないが、日本人形を頭上に、セイジの名を叫ぶ××の姿は涙を誘う。いまは辛くても、彼女に幸あらんことを願う。
・「確かなのは人生は待ってくれないってこと」(p28)その通り。「これから、世界が一体どうなるのか、見届けましょうよ」(p204)

ロマンスは淡泊、ミステリー要素は皆無だが、1920年代末の多様なロンドン模様が盛り込まれた一冊。タイトルに惹かれて購入したが、なかなかどうして、興味深く読ませてもらった。ロンドンとラドローでのワンシーンを描く、尚美さんのカバーイラストも良い。

倫敦1929
著者:杉浦ノビイ、ブイツーソリューション・2019年8月発行
2019年10月19日読了
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倫敦 1929
杉浦 ノビイ
ブイツーソリューション
2019-08-10


『xieシエ』
中国の伝説の生き物を飼うとしたら、その資格は何だろう。そして幸せって何だろう。「たった一日で、シエは乾いてしまった」(p43)とあるのは、親しい人の死に行くと同じ。思わず涙が滲んだ。

『マダムの咽仏』
男とオカマ。二つの人生を見事に生き抜いた人物像はすがすがしい。「裏山を駆け降りて、まっすぐに、力いっぱい歩いてきた男の目だと思った」(p153)僕もこのように力強く齢を重ねたいと思う。

『零下の災厄』でおおいに笑わせてくれた後、最終作『永遠の緑』では、暖かで心地よい涙を誘ってくれる……。これぞ小説、これぞ人生……浅田次郎の短編集は最高だ。
他に表題作『姫椿』、青春のメモリーと現世がクロスする『オリンポスの聖女』『再会』、悲喜こもごもな『トラブル・メーカー』を収録。

姫椿
著者:浅田次郎、文藝春秋・2001年1月発行
2019年10月12日読了
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姫椿 (文春文庫)
浅田 次郎
文藝春秋
2003-09-02



戦前昭和の良き時代、1931年の女学校の華やかさが実に良く醸し出されていた『昭和少女探偵團』の待望の続編。表紙画はマツオヒロミさんです。
・第一話「雨傘のランデ・ブー」は、校内で忘れ物を発見した主人公がミステリアスな友人の家を突然訪ね、その佇まいに驚き、そこで二本の濡れた傘を発見し……な、前作の紹介を兼ねたライトミステリ。頭脳明晰な友人ならずとも謎の答はわかるのだが、鈍感な主人公、花村茜嬢の推理につきあうもまた楽し。くつくつと笑う"僕っ娘"夏我目潮嬢のしぐさも実に魅力的だ。でも、「読書もまともに出来なんだ」(p44)って、どうかなぁ。(出来ないんだ……ならわかるが。単なる脱字?)
・"制服"は、当時は"校服"と呼ばれていたのか(p50)。
・茜の親友には"エス"のお姉さまがいて……第二話「すみれ色の憂鬱」は"うぶ"で華やかな女学校生活と隣り合う、昭和の貧民の姿が垣間見える。「彼女は空腹よりもずっと、孤独に苦しんでいたのです」(p111) ミス・クサカベの苦悩は心に残った。
・第四話「D坂の見世物小屋 嫉村興行舎の愉快な仲間たち」は、まずタイトルに興味を惹かれるが、子爵令嬢・紫も登場する大活劇となっている。しかし「ずべ公」って、すごい言葉が飛び出すな(p206)。……そして顕現する〇〇共産党の工作員……。「……は、どうしてそう何から何まで無茶苦茶なんだ!」(p278)
・昭和七年、きな臭くなる国際情勢。「正しい」とはなんなのだろうか(p307)と少女は思わずにはいられない。

第三話「群青に白煙」は、作風ががらりと変わり、前作で登場した警視庁部長刑事、鬼頭の視点で物語が進められる。昭和恐慌(大学は出たけれど……)、エロ・グロ・ナンセンス、不純異性交遊、人生経験の重み。「世俗に染まれぬのなら心の中で理想を飼い続けたとて」(p181) うん、良いな。このエピソードがシリーズで異彩を放ち、完成度はピカイチだと思う。(ちっとも昭和少女していない話ではあるが。)
さらなる続編を希望します。

謎が解けたら、ごきげんよう
著者:彩藤アザミ、新潮社・2019年9月発行
2019年10月5日読了
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