男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2020年06月

Good material, good color choice and playful, so cool design. It's best solution in this summer!
Archive & Style for BIOTOPのTシャツ:新色のブラウンを購入。とても着心地好い一着です。

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本書の出版は昭和4年。90年も昔となれば、ロンドンの様相も現在と異なるのが当たり前か。当時のロンドン・ミュージアムはランカスター・ハウス(セント・ジェームズ宮殿の隣、ダウントン・アビーの舞台だ!)にあるし、トラファルガー広場の周囲は道路で囲まれ、ナショナル・ミュージアムとは隔たれている。グランド・ホテルもセシル・ホテルも健在だ。
・世界の海を制覇したのは、もともとはイギリスの土地に由来する「食物の不足」からであるし、その冒険気質が新領土の開発を即したといえる。そして18世紀の産業革命を経て、幸運に国内に豊富に眠る「石炭と鉄」が産業化を加速させた。これ天恵なり、とある(第1章:地理的特徴)。
・婦人参政権(婦人有権者525万人)の実現は1925年と遅かったんだな。
・38万マイルに及ぶ海底ケーブルの約半数を英国が占めていたんだな(p89)
・英国人気質の一例「われわれイギリスではそんなことはしない」と外国人に言うが悪意はなく、slow but steadyの精神をもって日々を生き(p96)、草木を愛でる(p114)。島国の人間として親近感がわくな。
・なるほど、ケルト語のLly-din(湖沼の砦)転じてロンドンか(p134)。そして当時の英国の人口の6分の1、750万人が世界一の大都市ロンドンに住んでいたのか。
・当時のロンドンは造船・海運が盛んであった。大規模な造船所に加え、埠頭ではなんと7百基以上(!)もの荷物用クレーンが稼働していたという(p161)。
・英帝国の版図は陸地の5分の1を占め、人口は4億8千万人。これは世界人口の4分の1(!)である(p286)。その植民地と商工業の拡張は英国にとって絶対であり、国際連盟に抗ってでも独自の外交政策が生まれてくる。
・覇権国ならではの「世界政策」の遂行。「光栄ある孤立」というが、その実は度重なる同盟による戦争の連続だったし、19世紀にロシアの南下を絶対的に阻止し、ドイツの東方政策を欧州大戦(第一次世界大戦)によって粉砕したのは、植民地、特にインドとの連絡線を維持する観点からみると納得がゆく。大戦後は共産的ロシアと絶大な物量を誇るアメリカの挑戦を受けて圧迫される英帝国の立場が、同時代的観点から解説されるも興味深い(第14章)。
・その他、労働問題、文学、教育、地方都市、軍事に渡って英国が解説される。

先のコロナ禍でのボリス・ジョンソン首相の感動的な退院スピーチにみられた通り、その「剛健にして情義の熱い」「自己批判の余裕を有する」(p326)国民性は変わらないのだな。良き時代のロンドン。いまではその街と人を観ることはかなわないが、本書を通じて当時を小旅行した気分に浸ることができた。

世界地理風俗大系 第十巻 イギリス
新光社・1929年4月発行
2020年6月13日読了

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天才医学者の復讐劇。それは未曽有のバイオテロとなって全世界を襲う。世界を救う条件は、息子を死に追いやった旧1年B組の生徒23人の「命」。億単位の懸賞金がかけられた彼らのサバイバルは過酷なものであり……たった一人の少年の懸命な行動が、ヒトのあり方をわれわれに問いかける。
・登場人物の電話、ビデオメッセージ、確保された容疑者の語り、交渉者。場面を変えて話は進められる。
・神の左手と悪魔の右手を持った人外の存在(p237)。天才的な犯罪者に対峙するに必要な資質とは?
・九千九百九十九人のヨブとは異なる「彼」の選択。タイトルを見事に回収する最終章には唸らされた。

次を知りたくなるダイナミックな構想といい、一気に読ませてくれるスピーディーな展開といい、絶品だ。ここしばらく体験していなかった純粋な物語の楽しみを堪能できた。

たとえ、世界に背いても
著者:神谷一心、講談社・2015年5月発行
2020年6月7日読了
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たとえ、世界に背いても
神谷一心
講談社
2018-05-18


ヴィクトリア朝時代に流行した絵画を題材に当時の社会と人々の生活を詳しく眺める一冊。後世に名を遺した作家や作品でなく、当時流行した作品を扱うところが本書の特徴となる。なかでもヴィクトリア朝時代に名を上げたものの忘れ去られ、近年再評価されるに至ったウィリアム・パウエル・フリスとエドウィン・ランシアの二人の作品が際立っている。
・第二章ではプラットホームに蝟集する多様な階級・職業の人々が魅力的に描かれた作品、ウィリアム・パウエル・フリスの『駅』が取り上げられる。1850年前後の英国の経済的繁栄は労働者の生活上の不満を吸収し、彼らの政治上の要求は革命ではなく従属を選ぶに至り、繁栄の余波を楽しむこととなる。労働者といえども近郊への日帰り旅行を楽しめる時代になったのだ。貴族様と労働者の混交する『駅』の情景はこんにちと変わりなく猥雑であり、表層の繁栄と群衆の中の孤独がみられる。
・二つの国家。ヴィクトリア朝英国を二分する「ミドルクラス以上」と「ワーキングクラス」。後者の中でも貧困を極めた人々が行き向かうのが国の貧窮院であり、公営の臨時宿泊所であった。困窮をテーマにした絵画作品がロイヤル・アカデミー展に出品されると、「自らと違った人々の姿」を観ようと人々が押し寄せたことが第十章で述べられる。「理想美」からかけ離れた時事的なテーマの作品は批判されるも、社会問題を扱う報道写真的な作品=新しい歴史画の出現は、美術史上の一大事件だったとわかる。
・もうひとつの英国の分断が男と女だ。男尊女卑なんてレベルではない当時の常識は、哀しみに暮れる数多くの女性を生み出すこととなる。オーガスタス・エッグの『過去と現在』(p94~95)に描かれた女性たちの悲運は、のちの過激な女性権運動をすら正当化するものであろう。
・第十八章、ウィリアム・パウエル・フリスの『ロイヤル・アカデミー展の招待日、1881年』が興味深い。ヘンリー・アーヴィングとエレン・テリー、リリー・ラングリー、オスカー・ワイルドに、唯美主義者のドレス(エステティック・ドレス)をまとう若い女性と多彩な参加者の熱気が目前から伝わってくるような圧縮された画面構成は圧巻だ。そのエレン・テリーの生涯も第十二章に詳しい。
・こころを奪われる絵というのは存在する。『ジェイン・グレイの処刑』(p252,なんどもナショナル・ギャラリーで鑑賞した)、『同情』(p219)、『選択』(p135)が僕にとってのそれだ。後ふたつは、いつか現物を観たいな。

「選り抜きの情報だけを伝える絵画芸術の雄弁さ」(p195)が、ヴィクトリア朝社会における関心ごとをあからさまに甦らせてくれる。いわば時代を追体験するという楽しい時間を得ることができた。

ヴィクトリア朝万華鏡
著者:高橋裕子、高橋達史、新潮社・1993年11月発行
2020年6月2日読了
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ヴィクトリア朝万華鏡
達史, 高橋
新潮社
1993-11T


いつのころからか天より降り出した桜の花弁、アマザクラ。数少ないアマザクラの降る町である九重町で、私、神屋敷ツバサは幼馴染である環木ヒヨリの秘密を知っていた。疎遠となっていた彼女との関係は、高校2年の初夏、紫々吹ルカの転校してきたことによって少しずつ、少しずつ変わってゆく。
・第Ⅰ章「空と君の秘密」の丁寧な進行には好感が持てる。そしてバイク少女のいきなりの問いかけ「アマザクラの秘密を知ってるな?」から、物語は大きく動き出す。
・カラオケボックスでの心の探り合い、過去のメールに発見するキーワード「峰山」、絶妙なタイミングでのルカからの電話。第Ⅱ章「花屑抱きしめて」の終盤から、物語は俄然盛り上がる。
・愛里。そう、大切な人のためなら、人は何でもできるんだな。
・フライさんの挿画がなんともいえない味を醸し出しています。ライトノベルの醍醐味。(ただしp192のイラストは? 3年前の出来事なら、中学校の制服のはずだが……。)

そして友情は、世界の色を塗り替える(第Ⅵ章「101個目の願い事」)。その色が「希望」につながれば、なお良いな。
ヒトを知り、痛みを知り、こころが谺(コダマ)する瞬間、少女は強くなる。ベタな展開といえなくもないが、心地良い読後感を得られた。

サクラの降る町
著者:小川晴央、イラスト:フライ、京都アニメーション・2020年5月発行

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