男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2020年07月

冒頭から強烈な印象を放つ少女。いや、存在感ではない。はかなさと、投げやりな、せつなさ。全編モノローグの「哲学のシッポ」な語り口から生まれるオリジナルの世界観は、実は誰しもが持っているものの象徴か。
・父親を失った家……女学校に通える身分ではあるが、家には女中もいないから、夕食の準備もお風呂番も、すべてが娘の役割。思惑が思惑を呼び、人との付き合いに倦み、だが将来を悲嘆するでもない日々を送る、私。
・「過去、現在、未来、それが一瞬のうちに感じられる様な、変な気持」(p12)「女のキリストなんてのは、いやらしい」(p15)「頼れるだけの動かない信念を持ちたいと、あせっている」(p25)若さゆえの感受性の高さは、やはり貴いものだ。
・「嘘をつかない人なんて……その人は、永遠に敗北者だ」(p26)
・「美しさに内容なんてあってたまるものか。純粋の美しさは、いつも無意味で、無道徳だ。きまっている。だから、私は、ロココが好きだ」(p59)
・起床から、通学、午前と午後の授業、帰宅、夕食の準備と客人の接待、入浴、就寝まで。私の一日を綴るは多感な世代の持つ感受性か、哲学のシッポか、思い込みか。華麗な文体と語り口に魅せられること、幾たび。

実は、今井キラさんの作品を手にするのは初めてだが、リリカルで強烈なイマジネーションを起こさせてくれそうなカラー・イラストレーションはとても気に入った。

乙女の本棚
女生徒 
著者:太宰治、今井キラ、立東舎・2016年11月発行
2020年7月26日読了
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女生徒 (立東舎 乙女の本棚)
最果 タヒ
立東舎
2016-11-25


慶応時代に遡る外国人居留地の誕生から、モダンでハイカラな神戸の歴史は始まった。外国人によって「発見」・開拓された六甲山と海港に挟まれた風土は、自然と異国情緒豊かな都市文化を生み、それが生活に深く浸透し、150年の時を重ねてこんにちの神戸を育んできた。
本書はデザインの観点から、著者の膨大なコレクションをもとに40のテーマに沿って神戸の特徴を探る一冊となっている。
・欧米人だけでなく華僑、ユダヤ人、トルコ人、インド人など多様な人種と隣接する毎日。明治の曙からトア・ロードには英語と中国語が飛び交い、当たり前のように異国人の衣食住文化と接してきたコスモポリタンな神戸市民にとって、ミナトの船から次々と出現する新しい「舶来モノ」に興味を示すのは当たり前。洋風建築デザインの商館が林立した海岸沿いの街を闊歩し、東洋一とうたわれたオリエンタル・ホテルで舌鼓を打ち、世界中の商船の船員と盃を交わし……。いつしか進取の精神が育まれてゆく。
・世紀末のアール・ヌーヴォーから1920年代のアール・デコへ。当時のポストカードやパンフレットに描かれた神戸のデザインは、どれも美しい。旧居留地や、すずらん灯のともる元町商店街には英語看板が立ち並び、景観にもハイカラさが目立つ。
・滋賀と並んで、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの遺産の多いのも神戸の特徴か(34章)。

著者は警鐘を鳴らす。現在の神戸は、イメージ先行的な「神戸ブランド」に胡坐をかき「ミニ東京」への道を歩んでいないか、と。そうだ、文化はわれわれが誠意をもって育み、次代に継承していかねばならないのだな。「暮らしの中での自然な異国情緒」(p117)という神戸らしさを大切にしよう。

神戸レトロ コレクションの旅 デザインにみるモダン神戸
著者:石戸信也、神戸新聞総合出版センター・2008年11月発行
2020年7月24日読了
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国家に煽動された男たちが軍国主義にのめりこんでいった時代に、蕗谷虹児が渡仏した1925年に『令女界』誌上でパリのアール・デコ文化がリアルタイムで日本の女学生に紹介され(p7)、宝塚と松竹の歌劇団が活躍しはじめ、優雅で上品で凛とした内面の強さを持つ(p4)少女たちをはぐくんだ女学校文化が花開いた。華やかな文化は確かに存在したんだな。
・テレビもネットもない時代、彼女たちの心のよすがとなったメディアが『少女倶楽部』『少女画報』『少女の友』『令女界』の四大雑誌である。川端康成、吉屋信子、中原純一、加藤まさを、高畠華宵による詩に小説にグラビアに、読者投欄。ビッグネームの揃う紙面はさぞは楽しかったんだろうな。
・恋愛どころか異性との接触も禁じられた女学生にとって「エス」と「靴箱に忍ばせる秘密の手紙」がどれほど重要だったかがわかる。
・女学生ライフ(p75~)、女学生言葉エトセトラ(p85)、乙女の悩み相談(p93)は時代と世相が伝わってくる。

大正・昭和初期の高等女学校。その優雅・可憐にして悩み多き生徒たちの生活を垣間みられた気がする。興味深く読ませてもらった。

女學生手帖 大正・昭和 乙女らいふ
編著者:弥生美術館、内田静江、河出書房新社・2014年12月発行
2020年7月23日読了
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1908年から1917年にかけて発表された7つの短編を収録。
『The Bruce-Partington Plans ブルース-パーティントン設計図』
黄色がかった濃霧が深く立ち込めるロンドンは、大陸の諜報員が暗躍する街でもある。ある未明に地下鉄線で発見された若い設計技師の遺体。その懐に残るはイギリス海軍設計局から盗み出された最新鋭潜水艦の設計図の一部だ。だが、行方不明の残る3枚こそが国の行方すら左右する決定的な重要書類であり、海軍省、政府・内閣だけでなく”ウインザー城に住まうさる高貴な婦人”の心情をも乱すこととなる。そんな国家的危機に際しても、民間人ホームズの頭脳は冴えわたる。
この犯行のトリック、当時(1908年)の読者にはさぞ新鮮に想えただろうなぁ。
「テーブルからさっと立ち上がるのが、わたしの答えだった」(p137)ホームズの問う重たい誘いに躊躇しつつ、次の瞬間には友人のために法に反する行為にも加担するワトスンの勇気は素晴らしい。これもホームズ物語の素晴らしさの一つだ。
ホームズ短編物語の五指に入るといわれる本作。納得の出来です。

『Wisteria Lodge ウィステリア荘』
屋敷に招待され、突然の殺人事件に巻き込まれた男は、絵にかいたような保守的な英国紳士。捜査の過程から、英国の田舎にこもって姿を見せない「高貴な」人物とその家族の存在が明らかとなる。スペイン語、混血の使用人、ヴードゥ教の儀式と未開の原住民。これだけでもミステリーとして期待が持てるというもの。
そしてノンキャリアの地方警察官、ベインズ警部が頼もしい。
コンゴ自由国(!)を私物化して住民を酷使・殺戮したベルギー王レオポルド2世を控えめに非難するためか、その植民地を南米サン・ペドロなる地名に設定して物語は展開される。しかし、その原住民の姿と言ったら……20世紀初頭の英国でも、この描写が受け入れられていたのか。

『His Last Bow 最期の挨拶』
時は1914年8月、60歳を超えて首相の直々の国家的要請を受諾し、準備にかかった時間は実に2年。祖国のために大捕物をやり遂げたホームズ。敵はイギリス国民よりも一枚上手のドイツ人スパイだが、祖国のために全力を尽くした彼を、同様にイギリスのために尽くしたホームズは蔑視しない。これぞ紳士というものか。

他に
『The Devil's Foot 悪魔の足』
『The Red Circle 赤い輪』
『The Disappearance of Lady Frances Carfax フランシス・カーファックスの失踪』
『The Dying Detective 瀕死の探偵』
を収録。

スピンオフ作品は多数あれど、やはり本家は何かが違う。オリジナルの挿画とオックスフォード版の充実した解説により、ホームズの世界を思う存分楽しめる一冊である。

His Last Bow
シャーロック・ホームズ全集8
シャーロック・ホームズ最後の挨拶
著者:Sir Arthur Conan Doyle、小林司、東山あかね(訳)、河出書房新社・2014年9月発行
2020年7月18日読了
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シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (シャーロック・ホームズ全集)
アーサー・コナン ドイル
河出書房新社
2000-06-01


アイルランド、西インド諸島、北米13植民地、カナダ、オーストラリア、そしてインド。帝国が拡大し、やがて解体する様相が初期の暴力集団=海賊、移民、奴隷制度、宗教的情熱、軍事的侵略、そして帝国間対決による経済的衰退の観点から解説される。
・「共和国」アメリカの反乱の衝撃。本来は容易に鎮圧できたはずの「植民地の反乱」を成功させた要因は何か。グローバルな視点からのフランスとの確執、合衆国の独立がもたらした黒人とインディアンの悲劇が語られる。そしてイギリスの政策の転換により、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの独立戦争は回避され、こんにちのコモンウェルスの成立に至るのだ(第二章)。
・19世紀の奴隷制廃止に至る道筋は、昨今のNGOを彷彿させるとともに、イギリスらしさを感じさせる。ただしこれが文化帝国主義の幕開けでもあったのか(第三章)。
・デイヴィッド・リヴィングストン。貧しい生まれながら独力で成功を勝ち取った医師にして宣教師、そして探検家。まさに19世紀のスーパーマンである。彼がアフリカ南部での布教の失敗を認め、アフリカ自身の発展のために探検事業に乗り出し、ヴィクトリアの滝、ザンベジ川=文明化のためのハイウェイを見出したことは感動的でさえある。だがしかし、彼の成功もインドで発生した大反乱=「文明の衝突」(上巻p226)によって影を落とされることは、当時のグローバル社会である帝国を維持・発展させることの困難さを物語る。
・自由主義から階級主義(血統主義)への揺り戻し。インドにおけるカーゾン副王の所業は時代認識を軽視し、かつてイギリスに存在した階級社会をインドにおいて実現しようとするものであったか
・総じて大英帝国は、なかんずく大日本帝国と比較して「最良の統治システムであった」ことを著者は明確にする。特に南京大虐殺とビルマにおけるイギリス人捕虜による鉄道建設をクローズアップし、アジア人の野蛮さを強調している。日本語でいくら反芻しようが、「レイプ・オブ・南京」は唯一の英語で著された「史実」として、これからも語りつがれるのだろうな(下巻p182~)。

大英帝国は植民地のナショナリズムによって解体させられたのではなく、他の邪悪な帝国:ドイツ、イタリア、日本と熾烈に戦い、その財政負担によって崩壊した=犠牲になったのだ著者は結論付ける。いわく「これだけでも、イギリス帝国がこれまで冒したすべての罪の、罪滅ぼしとなるのではないだろうか?」(下巻p220) なるか!

自由主義、自由経済、英語による意思疎通。それらをあまねく普及させたのが大英帝国であるのは確かに疑いない。だが、帝国主義を脱した「新しい帝国による世界統治」、その功利を著者は説くが、それは必然的に、支配するものとされる者の区別を生み出す。それを当然と考える時代は過ぎ去った事実に、著者は未練を感じているのだろうか。

EMPIRE : How Britain Made the Modern World
大英帝国の歴史(上)膨張への軌跡
大英帝国の歴史(下)絶頂から凋落へ
著者:Niall Ferguson、山本文史(訳)、中央公論新社・2018年6月発行
2020年7月4日読了
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大英帝国の歴史 上 - 膨張への軌跡 (単行本)
ニーアル・ファーガソン
中央公論新社
2018-06-07

大英帝国の歴史 下 - 絶頂から凋落へ (単行本)
ニーアル・ファーガソン
中央公論新社
2018-06-07




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