男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2021年08月

国益よりも「政権の維持」を優先させた2013年以降のイエスマン長期自民党政権により、日本の統治機構、ひいては国力がいかに衰微したのか。このさき日本が国家として世界でどうふるまえるのか。第一章で提起される辛く厳しい問題に関し、米国、中国の趨勢と「新冷戦」の構造、その米中の狭間にあっての日本国の「指針」が、知見豊富な二人の対談によって導き出される。
・明治維新から40年、そして太平洋戦争の敗戦から40年で日本はダメになった。その理由は「敗戦」を肌で知る為政者が退くことによるものである。翻って現在の日本は、支離滅裂なコロナ対策にみられるように統治機構が破綻しており、太平洋戦争突入と同様、「行くところまで行く」ことになるのではないか。それもまた良し。
・感情に訴える安易なキャッチフレーズ「自由で開かれたインド太平洋」に一喜一憂するのではなく、米国150年の歴史、中国開闢以来の東アジアの趨勢(華夷秩序から国民国家秩序への変遷期)を理解し、そこから日本の立ち位置を考えなければならない。
・本来は帝国モデル、あるいは連邦国家でありえたはずの「人民共和国」は、特に人口構成に危機が見えつつあり、それが焦りとなって強権的な政治姿勢となり、国際社会に脅威を与えている。そして新疆ウイグル自治区の人権侵害は想像を絶するものである。
・いっぽうのアメリカも、もはや世界にヴィジョンを示す能力を失っている。バイデン政権に期待は持てない。

「歴史の趨勢をしっかりと見据え、後々の歴史の検証に耐え得る決断を下し、それを実行する」(p242)政治家を輩出しなければ、この日本に未来はない。そして、自由貿易を通じて諸外国と相互依存を深める中堅国家として生き残りをかける。そう理解して書を閉じた。

新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか
著者:内田樹、姜尚中、集英社・2021年7月発行

『情熱大陸』『Another Sky』『冷静と情熱のあいだ』等のヒット曲を、ツアーメンバーの「美しくも熱いうねり」を活かして新規レコーディングした2枚組。
なかでも『エトピリカ』のダイナミックなアレンジが素晴らしいです!
ソロデビュー25年を超えて、さらなる「情熱への進化」が予想される葉加瀬太郎さんですが、本アルバムは「集大成」などではなく、次なる飛躍への踏み台となることでしょう。
DSC01166a




明治の大卒インテリ主人公と学問無き妻の不仲は生活に暗い影を落とす。そこへかつて主人公の養父だった男が訪ねてくるようになり……。
漱石自身の複雑な生い立ちを追体験し、その心のうちを垣間見ることで、留学体験と合わさっての作品世界の成り立ちを知ることとなろう。
・「いつも親しみがたい不愛想な変人」(六十九章)と自覚する主人公。ロンドンから戻って東京の教壇に立ち、青年への講義に終われる毎日。それでも一家四人の暮らしは楽にならず、細君の質屋通いは今日も続く。インテリ先生でも、こんな暮らしを強いられていたとは意外だ。
・かつての養父に金を無心され、最初に少額を渡したのがいけなかった。この養父と養母、細君の父と義理の兄。金策に汲々とするは世知辛い世の中か。
・神経衰弱男とヒステリー女。不仲の夫婦と言えど長年連れ添えば情も湧く。明治時代の堅物男の口にすることのない、最大限の愛情のカタチが随所に現れるのは愛嬌だ。
・「執念深かろうが、男らしくなかろうが、事実は事実だよ」(百章)
・世の中に片付くものはほとんどない。一度起こったことはいつまでも続く。ただ色々な形に変わるから他人にも自分にもわからなくなるだけのこと、か(百二章)。

『虞美人草』『三四郎』『こころ』に比べれば物語の起伏には欠けるが、漱石の心情が垣間見える作品といえよう。そして過去を振り返る人生ではなく、常に前を見て生きたいと強く自覚させられた。
時を置いてまた読んでみよう。

漱石全集第十巻
道草
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年10月発行
2021年8月19日読了
DSC01165a
道草 (新潮文庫)
漱石, 夏目
新潮社
1951-11-30


第一部は漱石のロンドン留学、魯迅の仙台留学を概観の上、『クレイグ先生』と『藤野先生』の比較・考察が行われる。
・刺激伝播。漱石の作品から魯迅の得た心理現象がこう解説される。二人とも後進国から先進国へ、あるいはより進んだ国への実務的な留学(英文学研究、医学研究)を経験した。背景と動機は異なるものも、のちの国民的作家への転身への契機は、その留学時代に萌芽が見られる。特に魯迅の場合は、漱石その人の作品の影響が大きいとされる。
・魯迅は仙台での医学研究をやめて「愚弱な中国国民の精神の改造」を目指して文芸作家への転身を決意した。愛国的熱情である。知らなかったが、東京へ移転後、漱石の旧住居に住むという徹底ぶりだ(p127)。
・その漱石は英国留学時、英国人から中国人と間違えられることに憤慨する日本人の精神の「軽薄な根性」を非難する。「支那人は日本人よりも遥かに名誉ある国民なり」(p27)、中国人の悪口を喜ぶのは「世話になった隣の悪口を面白いと思う」卑しき根性である、と。さすがだ。
・「私たちは西を見、東を見ることによって、世界史の中における日本の所在や中国の運動方向をより正確に見定めることができよう」(p145)中国脅威論を勇ましく声高に唱えても何も得るものはない。共存に向けての模索が必要ってことだろうな。
・「文明というのは、生活様式をハイカラにすることでなくて、つねに目が醒めていることが本質であり、偽善を勘で見抜くことだ」(p146)この魯迅の言葉、肝に銘じたい。

第二部は漱石の容姿と出自に関するコンプレックスと、それらが作品に与えた影響が探求される。
・「文章美学の見地からはなお多くの分析や研究に価する言語芸術作品」(p233)である『虞美人草』、それは帝大を辞めて朝日新聞社へ入社しての第一作目となるわけだが、執拗なくらいの「博士号」「大学教授」への攻撃=漱石の恨みが本作品の根底にあるとの解説には納得させられた。

第三部は、西と東の詩の出会うところ、言葉の相結ぶところとして漱石を考え、彼の文学における西洋と東洋のダイナミックな関係を具体的にとらえる(p253)。俳句や漢詩文の素養を有し、英文学者でもあり、作家であった漱石。その知の巨人の心的エネルギーが発する自己表現の衝動に特殊な彩りを与えたものはいったい何であったか。
・自身の思想と体験をふんだんに盛り込みつつ、西洋と東洋のダイナミックな融合を試みた点が漱石の初期の作品の魅力である。『猫』『草枕』もそうだし、特に『虞美人草』のヒロイン、甲野藤尾はシェークスピア版クレオパトラの換骨奪胎であるとも言え、世紀を跨いだ現代でも魅力的だ。
・神への反発。ロンドンでイギリス人女性からしつこくキリスト教を奨められて嫌悪感を覚えたこともあり、西洋の神がどうなろうと日本人の自分には知ったことではない、との姿勢が潔い。
・そして「人物やプロットは西洋から借りても、文体そのものは、自分が『草枕』で説いた美学を実践しようとした」(p317)ことが、漱石の特徴でもある。『虞美人草』の藤尾の初登場シーンはいま読み返しても唸らされる出来栄えだ。

圧倒的な西洋という上からの衝撃の下で、非西洋の人間がいかに苦闘し続けつつ対応したか。曲がりなりにも先進国となった現代日本では計り知れないことだが、その心意気だけは継承したいと思いつつ、本書を閉じた。

夏目漱石 非西洋の苦闘
著者:平川祐弘、新潮社・1976年8月発行
2021年8月11日読了
DSC00756a




現代より航空機がより身近になった世界で、瀬戸内海を南に滑走路と自前の工廠を有する中高一貫制の鳳翔学園・高等航空専門学科に通う15歳の主人公が、雨の降る滑走路わきで涙を流す超絶美少女高校生と出会い、のちに彼女専属の航空機操縦の教官となり、距離が近づいてゆくというお話。
フライさんの表紙イラストと挿画(カラー含む11枚)が素晴らしい。特にp285。
・ときは23世紀、場所は日本。突然のプチ氷河期を人類社会が乗り越えて、脳と電脳の無線・有線接続が当たり前となった時代。航空機の材料もアルミやカーボンから特殊プラスチックへと置き換わり、主機はバッテリー駆動の電動モーターだ。自動車免許のように航空機免許が普通となった世界なのか。
・第三章終盤(起承転結の転、ね)で明らかになる驚愕の事実。なるほど、これは面白い。
・「死刑と処刑と極刑、どれがいい?」うん、良いシチュエーションだ。

「甘々な青春と、空への情熱と、ほんの少しのロシア成分」(著者紹介より)は面白かった。
それにしても、日本国防軍といい、5年間の専門学科に僕ひとりだけが所属し、普通科に所属する美少女グラビアアイドル、と。そして僕は日本に2機しか存在しないジェット戦闘機Su-37フランカーのアクロバット・パイロットで、彼女にとって王子様か。「航空機と美少女」の王道ラブコメ。続編にも期待です。

果てない空をキミと飛びたい 雨の日にアイドルに傘を貸したら二人きりでレッスンをすることになった
著者:榮三一、ホビージャパン・2021年8月発行

東南アジアの架空の途上国を舞台にしたSIS、CIAの介入する国際謀略サスペンスとうたわれているが、本書の特質は「日本国民の民主主義への姿勢」に対する著者の力強いメッセージ性にある。
国際社会からの圧力により、軍事政権国家で開催されることとなった大統領選挙に対し、あらたに発見された超希少資源の存在により、イギリス、アメリカ、中国が策謀を働かす。祖国の民主化に熱くなる若者たち、日本の未来を良くしたい大学生、21世紀における「大国」の帝国主義的態度などが、物語を盛り上げてくれる。
・ピーター・オハラと犬養渉(わたる)の二人はもちろん、ビル・カートライト英国一等書記官(SIS)、ジャン・シルバ将軍(キーパーソン)など、魅力的な人物像には好感を抱かさせてくれる。犬養渉のような学生が実在したなら、少しは日本の未来にも希望が持てそうだ。ジャーナリズムの「本来の使命」も再確認させてくれた。
・「政治とは、人々の自由と権利を守るシステムです」(第五章-3)、「失敗すると分かっていても怯むな。挑戦こそが、未来を切り開く唯一の道だ」(第五章-8)。青臭いと分かってはいても、この考えがすべてのベースとなる。
・われわれが当たり前に享受している「言論の自由」。もしこれが失われるとどのような事態が起こりうるかが、恐怖感をもって伝わってくる(第五章-9)。
・日本の「平和ボケ」に対する「独裁ボケ」を、怒りや情熱を忘れて、あきらめに支配されてしまうことと、ある登場人物に説明させている(第四章-4)。いまの日本の状態にそのまま当てはまるのではないのか。
・「独裁主義は、権威を持っている人間が……一般人の運命に対して少しも真剣な関心をいだかない」(第五章-扉)これって、現在進行形のコロナ禍に対する日本政府首班と東京都の首長の態度そのものじゃないか。

民主主義を勝ち取るということ(第三章-8)、これを全身全霊で考えることのの意義を考えさせてくれた。
何かと批判が多く、近ごろ改憲勢力が喧しい日本国憲法だが、この枠組みが変えられると、すなわち柔軟性のタガが外れると、いったい日本はどうなるのか。政策に対し国民がよく関心を抱くこと、特に若い世代の積極性への期待が、本作品の隠されたメッセージだと僕は理解した。

プリンス
著者:真山仁、PHP研究所・2021年6月発行
2021年8月3日読了
DSC00751a
プリンス
真山 仁
PHP研究所
2021-06-01


↑このページのトップヘ