男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2022年03月

日英同盟の残滓に憧憬するイギリス保守党政治家に、自らの無茶な要求を棚に上げて相手に譲歩を迫る日本の職業外交官、そして素晴らしい構想あるいは期待を持ちながらも政治的影響力を発揮しえなかった無念の軍人。本書は、日本とイギリスの外交に関わった13名の人物像と、その人の言動がどのような政治的作用を及ぼしたか、あるいは影響を与えられなかったかを、日英関係が急速に悪化する1930年代を中心に考察する一冊となっている。
・かつての同盟国がなぜ戦火を交えるようになったのか。発火点の底に見えるのは、民族意識を高めた「中国」というファクターである。日英共同で中国経済と貿易を管理すべしとの日本側の提案に対し、すでに中国を「日本よりまともな相手国」として意識し始めたイギリスは冷淡な態度を示す。1930年代後半には一部の親日派を除いて、のきなみ中国支持となったイギリス世論の趨勢を、日本の職業外交官と政治家が読み誤ったのは悲劇といえよう。
・かつて20世紀初頭の20年間を彩った日英同盟の甘い幻影にとらわれる一部の保守党政治家等と違い、なるほど、ウィンストン・チャーチルなどは極めて現実的な思考で冷静に国益を求めて行動するのはさすがである。「感情を排した戦略的な性格」(p221)。その彼でさえ、日本の経済力から英米相手の戦争遂行能力は無いと「常識的な判断」を下し、1930年代末の軍事国家・日本帝國の狂信的な「意志」を知りえなかったことはとても興味深い。
・当時の駐英大使・吉田茂らの地道な努力が花を開くかに見えた日英会談の予感と期待も、1937年に勃発した日中戦争がすべてをぶち壊した。歴史にIFはないが、そのタイミングが少しでもずれていたなら、日本のたどった自暴自棄の道も異なっていたのかもしれない。
・ピゴット陸軍少将。幼少時から日本に住み、第一次世界大戦で目覚ましく活躍し、駐在武官となってまた来日し、のちに陸軍情報部MI2のトップとなった人物。1918年のイギリス国王ジョージ五世による天皇への元帥号授与も彼の発案によるそうな。1928年には陸軍内で「日英同盟」の復活をアピールする等、日英関係の再構築に心を砕いたとある。1937年の日中戦争勃発により、イギリス人が急速に日本を敵視するようになった難しい時期においても、必死に日本との友好の可能性を外交筋に説いて回った。結果としては何ら成果を生まなかったものの、その一途な行動には敬意を抱かせてくれる。

なるほど、著者の述べるように日米戦争に偏重するのではなく、第二次世界大戦を「日英戦争」として捉えるとわかりやすいな。

かつて、新しい日英同盟条約としての「日英不可侵協定」案なるものが確かに存在した。日英同盟が廃棄された1922年以降も同盟のメリットを説くものは多く、外務省と大蔵省の俊英たちによって慎重に検討が進められた。日英関係が難しい局面に入った1930年代、すでに外務省幹部にその熱意は喪われても、大蔵省を中心に案が策定された。だが1934年の秋に「日英不可侵協定」案は外務大臣に一蹴され、最終的に頓挫したそうな。
もしこれが成立していたなら、経済封鎖に至ることなく妥協が成立していたなら……。まったく、日本とイギリス双方にとって悲運としか言いようがない。失われた絆を再構築することは、かくも困難なことなのか。

大英帝国の親日派 なぜ開戦は避けられなかったか
著者:Antony Best、武田知己(訳)、中央公論新社・2015年9月発行
2022年3月28日読了
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大英帝国の親日派 (中公叢書)
アントニー・ベスト
中央公論新社
2015-09-24



サブタイトルの『小公女セーラ』(島本須美さん演じるアニメ版は良い!)に惹きつけられて買ってしまった。本書は、ヴィクトリア朝時代『ジェイン・エア』『小公女』から21世紀『黒人教師』に至る長期スパンと大英帝国/コモンウェルスの地理的影響範囲を対象に、いわれなき偏見や差別と闘いながら自らの地位を勝ち取ってきた女教師(ガヴァネス、私塾講師を含む)の足跡を多方面から論じる一冊となっている。女性史やフェミニズムに内在した人種主義や帝国主義(p19)も興味深い。
・第一章「ミドルクラス女子の生きる道」。「ドメスティック・イデオロギー」(p27)とは初めて知った言葉だが、その実情は大変だ。純真無垢なセイラ・クルーを責めるミンチン先生にあまり良い印象はないのだが、彼女のバックボーン=零落したミドルクラス女性には実に冷酷な男性優位社会と必死に格闘しつつ、教師と経営者としての地位を手に入れて懸命に生きてきた姿を垣間みて、少し印象が変わったのは事実。また時代は遡って『ジェイン・エア』を生み出したシャーロット・ブロンテの幼年の体験と女子寄宿学校生活は悲惨そのものであり、まだ高水準の女性教師養成学校も無く、まともなガヴァネスの口も極めて少なく、その苦悩が彼女をして作家とならしめた……女流作家の世界は必ずしもアッパークラスやアッパー・ミドルクラスのものではないのだ。
・第二章「帝国の女教師」。1869年、ケンブリッジ大学に女子学寮が誕生するも、女教師の居場所はまだ狭い実情がある。そして女性教師養成のための中等教育でも格差は存在した(歓迎されたミドル・クラスと法律上25%の入学を定められたワーキング・クラス)。大学へ進学できずイギリス本国での教職に就けない卒業生は、自然と帝国各地へと目を向ける。インド帝国、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド。帝国意識。女教師と女校長たちの帝国ネットワークは、この後とてつもなく大きな力を有することとなる。
・第三章「バッシング」では、社会的・行政的なフェミニズム叩き、特に高学歴独身女性への風当たりが強くなる状況を確認する。ただ個人的には、いわゆる「男女の仲」が「強制的異性愛主義」として「巨大な政治的、経済的権力によって強制された」というのは、どうか、と思う(p135)。
・第一次世界大戦後、カナダ、南アフリカ等の自治領が事実上独立する戦間期、イギリスは経済帝国主義とパターナリズム(家父長的姿勢)の視線でアフリカを捉えるようになる。第四章「新天地を求めて」では、アフリカと西インド諸島でどのような「イギリス式女子教育」を画策し、または諦めたのかが探求される。なるほど、ジーン・リース『サルガッソーの広い海』にはそんな背景があったのか。
・第二次世界大戦後、招き入れられたはずのイギリス本国で露骨な人種差別にさらされる西インド諸島からのカラードの移民者たち。白人と黒人の対立は1958年8月の暴動事件に発展し、多数の逮捕者・死傷者を出す事態に。第五章「『ブラック女教師』の誕生」は、西インド諸島からの移民二世であり、イギリス最高の女子教育を受けたある女性教師の半生を中心とする。彼女たち移民・移民二世の女性は自分たちの受けた抑圧を、人種と帝国主義の文脈に置き、欧米白人のフェミニズムには安易に同調しない。『ジェイン・エア』や『小公女』の時代には考えることすら行われなかった「教育カリキュラムの脱植民地化」を、かつて差別を受けてきた黒人女性が達成する……ここに、本当の意味での教育の成果が存在するのだ。

気になった点が1か所。第五章でインド・パキスタン分離独立について触れ、「イギリスの影響力や調整力がすでに失われた結果」「多数派ヒンドゥー教徒と少数派イスラム教徒」がそれぞれ独立し「多数の犠牲者を出した」とあるが(p211)、印象が薄い。ここは踏み込んで「国民会議派と回教徒連盟の対立から、ヒンドゥー教徒(2億5千万人)、イスラム教徒(9千万人)がそれぞれ多数派を占める地域がインド、パキスタンとして1947年に分離独立し、同年に勃発した第一次インド=パキスタン戦争と『異教徒』の地域間強制追放・移住を通じて、市民に50万人以上の死者を出した」等と書いて欲しかった。

中学教師を辞職し、ロンドン大学教育研究所で「ジェンダーと教育」を深く研究した著者の知見が随所に光る。女性史やフェミニズムの観点から、帝国主義社会、男性優位社会で生き抜いてきた女性教師、ひいては人類教育のあり方を見つめる一冊といえよう。

女教師たちの世界一周 小公女セーラからブラック・フェミニズムまで
著者:堀内真由美、筑摩書房・2022年2月発行

政治・社会、文化・芸術、教会などの分野において、イギリス女性はどのように自己を主張し、その存在感と権利を拡張してきたのだろうか。本書は、18世紀からヴィクトリア朝時代を経て第一次世界大戦後に至るまでの期間を対象に、「ある種の自己実現として活動の場を押し広げて行った女性たちの姿に焦点を合わせ」(p4)た十篇の論文を収録、近現代のイギリス女性史を多方面から論じる一冊となっている。
・18世紀には先駆者としての女性著述家が(第1章)、19世紀には女性歴史家(第2章)が完全な男社会の中でほとんど理解を得られず、しかし活発に活動し、少なからぬ業績を残していることは特筆されるべきであろう。そして大学での女子高等教育の始まりが、アカデミズムの枠に収まらない彼女たちを継続的に生み出してゆく。
・女性が医師となる道はずっと閉ざされていた。1870年代以降に増加した彼女たちの、帝国主義の高まりによって活動の場を拡げる様相を第3章は取り上げる。なるほど、植民地の文明化を責務と感じる大英帝国臣民の意識の高揚を追い風にしたといえるのか。
・第7章は第一次世界大戦期を中心に、政府主導による外食産業の萌芽と挫折と新たな発展の姿を追う。フランスとちがってイギリスのレストランで基本的にパンが提供されない理由が大戦時の食料制限に起因するものであり、「装飾的であったヴィクトリア朝の食文化から、簡素で実を取る近代主義的な色のデザインへの脱皮」(p251)と、アッパー・クラス、ミドル・クラス、ワーキング・クラスそれぞれの「外食」に対する意識の差異、そしてナショナル・キッチンの誕生に関するエピソードは興味深い。
・ヴィクトリア朝時代、仕事で不在となった夫に代わり家庭を預かる妻の「家庭の天使」のイメージは愛らしく朗らかである。その実、大小の社交を必要とするミドル・クラス以上の家庭の主婦は、美貌・体力・文芸的素養などの個人的資質とコミュニケーション能力に管理能力を兼ね備えた「魅力的で有能な女主人」かつ「多角的能力を保持する『スーパーウーマン』」(p323)でなければ務まらない大変な身分であることが、第9章を読むと理解できる。1920年代から30年代の社交界を主導する伝説的な夫人から、政府首脳や王室関係者などとの「特別の関係」を有する「ファッショナブルな」高級売春婦まで、その能力と「不屈の意志力」(p340)は確かにずば抜けているな。
・第10章では20世紀初頭から第一次世界大戦までの間、参政権獲得のために闘った女性たち、なかでも舞台女優を中心に結成された女優参政権同盟の活動が叙述される。運動を活発化させるために娯楽と関連付け、検閲に抵触しないよう、また女性ならではの華麗な内容の運動は極めて興味深く、だがワーキングクラスへの浸透はかなり困難を伴ったことがわかる。本書では1913年に小山内薫の見た活動が引用されているが、長谷川如是閑『倫敦!倫敦?』でも、1910年に彼の直接見聞した1万人数千人のサフラジェット(女壮士)の大行進「女権拡張示威運動」の様子が書かれており(岩波文庫版p379~)、参政権運動は当時(1910年代~)の大きなムーブメントであったことがうかがえる。

「私見ではなく事実を」(p70、アグネス・ストリックランド女史の言葉)。
本書により、「すこぶる個性的かつ驚くほど積極的に、与えられた立場を最大限活用して歴史を生き抜いた」(p389)数々の女性たちの存在を知ることができた。なに、これは当時のイギリス人女性に限ったものではなく、現在を生きる僕を含む、すべての人類が目指すべき生き方だと気づかせてくれた。

欲ばりな女たち 近現代イギリス女性史論集
編著者:伊藤航多、佐藤繭香、菅靖子、彩流社・2013年2月発行
2022年3月17日読了

■2022年3月12日(日) いざ、吉備津神社へ!
7時に朝の和定食(美味!)を摂り早めに倉敷ロイヤルアートホテルをチェックアウト。忙しい朝だ。
8時43分に倉敷駅より桃太郎線(JR吉備線)に乗って岡山駅乗り換え、9時46分に吉備津駅へ到着した。
タクシー乗り場どころかバス停すらない。周りに何の店も皆無なJR駅は、唯一、吉備津神社の玄関口のためだけに存在するのだろう。
歩くこと15分で、その吉備津神社の山門に到着した。
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長い階段を上ると本殿が見えてくる。ちょうど結婚式が執り行われていた。おめでとうございます。
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本殿は、実に特徴的な屋根を持っている。
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本殿から続く長い廻廊が、この神社の売り(?)でもある。
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梅の開花。
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池には鯉が群生。
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お賽銭を奮発して、本殿で拝んでみた。心が濯がれたかな?
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■岡山後楽園
桃太郎線(JR吉備線)は1時間に一本のローカル線。12時前に岡山駅へ戻り、バスで後楽園前で降車。
昼食は夢二カフェでハッシュド・ビーフライスを食す。美味。
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腹が満たされたので後楽園へ入場。料金410円はリーズナブルだ。

地面に緑なく、岡山城(改修工事中)の雄姿も見られないのが残念だが、それでも良い庭園だとわかる。
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梅林。良いぞ。
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ここが城主の別荘か。
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■桃太郎さん
JR岡山駅にある英雄の像。何を見通しているのかな?
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さて、戻ります。
お土産と弁当、忘れてはいけないビールを買い込み、新幹線ひかり522号で西明石へ。20時に帰宅できた。

今回の旅で使用したカメラは次の通り。
・カメラSONY α1+レンズSONY SEL1224GM(F2.8通し/12~24mm超広角ズーム)
・カメラSONY α7C+レンズSONY SEL70200GMⅡ(F2.8通し/70~200mm望遠ズーム)

岡山城の改修工事が終わったら、新緑の頃にまた行こう!

最後まで拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。


突発的に倉敷へ行きたくなり、岡山と併せて歩いてきた。まだ3月だから緑はごく少ないが、梅の「春のたより」と芸術的世界を愉しむことができた。

【参考データ】
2022/3/11(金)
 新幹線ひかり535号 西明石9:10発~岡山9:51着
2022/3/12(土)
 新幹線ひかり522号 岡山18:29発~西明石19:15着

宿泊先
「倉敷ロイヤルアートホテル」(3月11日一泊)


■2022年3月11日(金)倉敷美観地区をそぞろ歩く

ひかり535号はガラッガラ。岡山駅で乗り換えて10時30分頃に倉敷壁へ到着。予約しておいたホテルへ向かい、荷物を預けて倉敷美観地区へと歩く。
実に4年ぶりの訪問となる。

岡山県では「まん延防止」が解除されたとはいえ、さすがに午前は閑散としている。まずは倉敷川に沿ってゆっくりと歩いてみよう。
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有名な「中橋」もまだ人が少ない。
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倉敷考古館
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早めの昼食は「やぶ」で肉そばをいただきます。
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■大原美術館
腹を満たしたのでアート鑑賞とします。神殿風のファサードが特徴的。
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モネ、ゴーギャン、ルノワール、セガンティーニ、セザンヌ、ミレー、岸田劉生、藤島武仁、青木繁、そして藤田嗣治。良いなぁ。
個人的にはエル・グレコ『受胎告知』よりも、児島虎次郎の『和服を着たベルギーの少女』が良いと思っている。
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工芸・東洋館の良さは、僕にはピンとこないのが残念。
新児島館は準備中(2022年度中にオープン予定)なので無料開放されていた。ミュージアムショップはこっちへ移転したのか。
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本通りを歩く。こちらも昔ながらの街並みを維持している。
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喫茶『エル・グレコ』で小休止。少し高価格だと思う。
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倉敷アイビースクエア
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■倉敷紡績記念館
倉敷アイビースクエア内にひっそりと存在。倉敷紡績の工場と製品の歴史が、残された物品と豊富な資料によって紹介れている。
正直、ここは良かった。
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■倉敷ロイヤルアートホテル
以前は倉敷国際ホテルに宿泊したので、今回はこちらにした。大理石がふんだんに使用された豪華なホテルだ。
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夕食は実に美味だったが、会場はわずかに4組。厳しいなぁ。
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大理石のバスタイムを愉しみ、今夜は早めの就寝です。
続きます。






タワー・ブリッジ、クロック・タワー、二階建てオムニバス、充実した地下鉄網、サヴォイ・オペラ『ミカド』、オスカー・ワイルド、ビアズリー、コンラッド、キップリング、ジャポニスム……。世紀末のイギリス、特に霧のロンドンから受けるイメージはロマンに満ち満ちている。本書はイギリス世紀末をフォーカスし、その文学と生活芸術、さらにヴィクトリア朝後期の社会と文化を豊富な図絵と写真と併せて論じる一冊となっている。
・1851年大博覧会のクリスタル・パレスこそ、ヴィクトリア朝の繁栄のシンボルである、と(p135)。まったく同意。
・19世紀の大英帝国、すなわちパックス・ブリタニカのさなかに「アングロ・ジャパニズム」なる造形美術運動がはじまり、これがイギリスにおけるアール・ヌーヴォーの発端となるわけか(p16)。1885年の日本村に限らず、ヴィクトリア朝後期の日本ブームは本格的で、クリスマスの余興に子供たちや若者が和服を着て踊るイベント(p101図)等を見る限り、日英関係も「文化の邂逅」という面では、現代よりも緊密であったといえよう。
・ビアズリーの衝撃に、ラファエル前派、そしてウィリアム・モリス。「用ではなく美」「装飾美術の世界と純粋美術の境界」が無くなってゆくのも世紀末美術の大きな特徴(p148)。
・「アマチュア」は素人やプロ未満ではない。その精神性がヴィクトリア時代からイギリス社会に根付き、時代の文化を多様に活性化させているという(p138)。
・1878年のヴィクトリア・エンバンクメントには、はやくも電灯照明が灯りをともしたのか!(p77)
・週間イラストレイテッド・ロンドン・ニュース誌(著者所有)に掲載された図絵がとても新鮮だし、巻末の世紀末小辞典も使える。

繁栄の行く着く果てには、それに対する否定の風潮が出てくる。行動力賛美の後には倦怠ムードが好まれる(p132)。イギリスではグラッドストーンの路線が挫折し、世紀末の美学が生まれた。さて、世紀末じゃないけど、マッチョな意見がメディアをのし歩いている日本社会の今後は、どうなるだろうか。

世紀末のイギリス
編者:出口保夫、研究社出版・1996年1月発行
2022年3月8日読了
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世紀末のイギリス
研究社出版
1996-02T


本書は、石の王たるダイヤモンドという類いまれな物質の歴史、経済史、文化史を、そのグローバルな関わり、豊かさ、さまざまな面の多様性のすべてにおいて本質的に捉えることを目的とし(p28)、古代と中世の伝説伝承にも目を向けつつ、近代重商主義における位置付け、帝国主義支配との関係などが論述される。
・古代ローマ時代から"adamas"として注目され(p11)、中世と近世には人体と呼応する小宇宙としても捉えられてきた天然ダイヤモンド。19世紀末から世界のダイヤモンド市場を支配する巨象デビアス社をはじめ、関係者によって価格とイメージが操作され、いまでは貴石の王者として君臨するそれも、いわば、炭素によって生成された「石」のひとつである。だが不純物を含まない「純粋な宝石」は極端に採掘と加工が難しく、その高価格も納得できようというもの。(地上で採掘されるダイヤモンドの99%が、工業用にしか使えないという。)
・一方でCVDダイヤモンド(人工的な培養ダイヤモンド)の持つインパクトはすさまじい。疑似宝飾品としてのみならず、将来的には量子コンピュータ実現のキーデバイスともなり、その物理的特性によって、脳や脊髄とコンピュータを接続するインタフェースとなりうるのか(p28)。
・セシル・ローズ。彼は単身17歳(!)で南部アフリカに渡り、ダイヤモンド採掘で目覚ましい実績を上げ、キンバリー鉱山「全体」を支配した。やがて彼のデビアス社がダイヤモンド市場を席巻し、1890年には世界のダイヤモンド生産の90%を握るに至った(p53)。現在はロシア企業等も登場しているが、依然としてダイヤモンドのサプライチェーンは高い壁で覆われた中にある。ダイヤモンドの「明るく華やかなイメージ」とは対照的だな。
・悪名高かった南アフリカのアパルトヘイト政策は、実はダイヤモンド鉱山に端を発するという説も紹介される。現代では信じられないことだが、デビアス社(=セシル・ローズ)はケープ植民地(=セシル・ローズの友人たち)から「刑務所の受刑者を無給で鉱山労働に従事させる」権利を得た。その結果、多くの黒人の若者が軽微な犯罪、またはでっち上げの罪状で逮捕されて鉱山送りにされたという(p64)。そして鉱山労働従事者の身体検査は「人権蹂躙」の言葉がふさわしいほどに過酷を極めた(p85の写真)。「安い労働力」を「好きなだけ使ってやろう」との思惑(p67)。現代の多国籍企業の実情は、少しはマシになったのだろうか?
・イギリス王室の秘宝「コー・イ・ヌール」。1849年にパンジャブの首都ラホールを武力占領し、有無を言わせず幼きマハラジャから東インド会社が奪い取り、1851年のロンドン万博でも展示された最大級のダイヤモンド(105.60カラット)である。ヴィクトリア女王の王冠を飾るそれは「繁栄と支配の化身であり、……力と権勢のさんざんと輝く象徴であり続ける」(p82)と、すなわち帝国主義の象徴である。イギリスは未来永劫手放さないだろうが、まぁロンドン塔でわれわれ一般人も鑑賞できる事実が唯一の慰めか。
・ダイヤモンド原石の80%がアントウェルペン(アントワープ)に持ち込まれ、世界ダイヤモンドセンターの認証を受けてカッティングと研磨が施される。大粒の高級ダイヤモンドはティファニー(NYC)、カルティエ(Paris)、デビアス旗艦店(London)に持ち込まれ、富裕層に販売されるのか。そして婚約指輪等、われわれ庶民が手にする小粒のものは、ほぼすべてがインド、イスラエル、ロシアで加工されたものらしい(p108)。また加工市場が国際化したとはいえ、取引は依然としてユダヤ人商人が大多数を占める世界なのか(p110)。
・第2章後半では17世紀から18世紀にかけてのダイヤモンドの国際取引の様相が、当時の商人たちの膨大な往復書簡と貿易決済文書から紐解かれる。そこからは、インドとヨーロッパ間に驚くほどの広範な異文化間ネットワークが構成され、時間はかかるが現在と遜色のない取引が行われていたことがうかがえる。
・第3章では、西暦868年の金剛般若羅密経の図(p136 現存する世界最古の印刷物。金剛石のごとく世俗の幻想を切り裂き、永遠の真理を照らし出す)や、イスラム芸術、ユダヤ教、初期キリスト教。それに商品イメージ等々、宗教、芸術、広告などのデザイン(概念)におけるダイヤモンドの用例が多数取り上げられる。なるほど、「『ダイヤモンドは永遠不滅』というイメージは、理性に対する想像力の勝利を象徴している」(p134)か。
・第4章では「女がダイヤモンドをねだって男の財産をしゃぶり尽くすというイメージ」(p187)が研究される。大衆向けのダイヤモンド婚約指輪が生産され始めたのは1900年ごろで、1930年には結婚の必需品となっていたという。デビアスと広告代理店による洗脳戦略、おそるべし。
・ダイヤモンドと言えば、犯罪と切っても切れない関係にある。第5章では近世・近代における犯罪のあれこれと、ダイヤモンドにまつわる小説・映画にみる作品が考察される。

著者(美術史家)の縦横無尽な解説には舌を巻くばかり。翻訳も実に読みやすい。カラー写真も豊富で、ダイヤモンドの魅力、あるは魔力に取りつかれることの幸せを実感でき、満足度の高い一冊だった。

ROCKS, ICE AND DIRTY STONES : Diamond Histories
図説 ダイヤモンドの文化史 伝説、通貨、象徴、犯罪まで
著者:Marcia Pointon、黒木章人(訳)、原書房・2022年1月発行
2022年3月7日読了

本書は「移動の文化」「視覚の文化」「競争の文化」の各パートから構成され、豊富な写真と図を駆使し、『不思議の国のアリス』の物語からヴィクトリア朝社会を考察する一冊となっている。
そう、イギリスと言えばヴィクトリア朝。この時代の特徴は数多いが、本書では「空間」をキーワードに「工業化」と「都市化」を軸として当時の社会風俗を垣間見る。
・地下鉄の誕生が『不思議の国のアリス』に及ぼした影響。物語の進行につれ異なる登場人物(?)、異なるシチュエーションが展開する様は、なるほど、地下に潜って走り、駅ごとに停車して個々人のミクロな物語を紡ぎだす地下鉄に似ているな(p17)。
・フィッシュ&チップス。特にじゃがいもを食べる習慣が広まったのは、農業社会から工業社会へ転換してロンドンに人口が集中し、アイルランドやスコットランドからの移住者が増えたことが理由の一つなのか(p24)。
・『不思議の国のアリス』の著者ルイス・キャロルの本業はオックスフォード大学の数学講師である。そして同大学クライスト・チャーチの聖職者であるからには、ヴィクトリア朝を震撼させたチャールズ・ダーウィンの進化論に賛意を示すわけにはゆかない。だが作品には『種の起源』を肯定するようなエピソードがこれでもか、と現われるのが興味深い(p81)。あと、チャールズ・ダーウィンの祖父がかのウェッジウッド社の創業者であるとは知らなかった!(p76)
・その後の(実在の)アリス・リデルだが、なんとヴィクトリア女王の四男、レオポルド王子と恋仲になったそうな(p114)。この世は本当にわからないな!

最初はひとりの女の子を愉しませるために創作されたアリスの物語。「……そこにいろいろな要素が織り込まれていくと、物語は時代を映し出す素敵なタペストリーとなったのです」(p119)
電車やガラス建築を目にしたヴィクトリア朝の人々の「夢幻の世界と現実の世界の交錯」(p3)を、アリスと一緒に体験できたような気がする。

発見! 不思議の国のアリス 鉄とガラスのヴィクトリア時代
著者:寺嶋さなえ、彩流社・2017年6月発行
2022年3月4日読了
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草枕、すなわち旅ゆくこと。
漱石の豊富な和・漢・洋の教養と伝統文化の知識が縦横に駆使され、その後の自身の作品にも影響を及ぼしたとされる本作は、なるほど、すばらしい読みごたえだ。
・文机に突っ伏して、また腕組みをしての画工の思索が描かれる第六章は、能舞台、漢詩、それに仏教用語が横溢し、なかなか読み進めるのに骨が折れたが、これこそ本作の醍醐味だろう。
・本作のヒロイン、那美(なみ)さん。出戻り娘でもある彼女が「ホホホホ」と甲高く笑う様は、とても魅力的だ。第九章ではミレイの『オフィーリヤ』の話題となるが「画にかくに好い所ですか」との画工の問いへの彼女の回答が振るっている。そして「驚いた、驚いた、驚いたでせう」と来たもんだ。
・第七章の温泉シーンが秀逸。突如全裸で闖入してきた那美さんに驚きながら、それでも芸術的価値を見出す画工。湯けむりの向こうに朧気に見える若い女体の表現は、さすが漱石と言えよう。
・硯と掛け軸のエピソードでは荻生徂徠を持ち上げて頼山陽(漱石自身が嫌っているらしい)をけなしている。そこまでしなくても良いのに。その第八章では、日露戦争へ出生する青年の話が印象的だ。「此夢の様な詩の様な春の里に、啼くは鳥、落つるは花、涌くは温泉のみを思い詰めて居たのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて……朔北の曠野を染むる血潮の何万分の一かは、此青年の動脈から迸る……運命は卒然として此二人を一堂のうちに会したるのみにて、其他には何事をも語らぬ」
・「……はじめて、真の芸術家たるべき態度に吾身を置き得るのである。一たびこの境界にに入れば美の天下はわが有に帰する。……いくら嗤われても、今の余は真の画家である。立派な画家である。かう云う境を得たものが、名画をかくとは限らん。然し名画をかき得る人は必ず此境を知らねばならん」(第十二章)には大いに共感する。
・日露戦争へ赴く若者を見送る画工と那美たち。その汽車には那美と関わりのあったある男も乗っていて、ここで初めて那美の「憐み」の表情を発見した画工は……(第十三章)。

美、あるいはそれ以外の何ものか。オスカー・ワイルドの世界観に通じる何かを感じさせられた。
ストーリーよりも機敏なシチュエーションを愉しむ作品だな。

草枕
漱石全集第三巻所収
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年2月発行
2022年3月2日読了
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草枕 (新潮文庫)
漱石, 夏目
新潮社
2005-09T




本書は、現在のイギリス人の姿、すなわち愛国心、島国根性、微妙な階級意識、ミドル・クラス的な常識と価値観が根を下ろしたヴィクトリア朝期の代表的な文学・美術作品を通して、イギリス文化の本質を探る一冊となっている。われわれ日本人におなじみの作品の由来と英国に育った著者ならではの数多のうんちくが紹介され、実に楽しく読み進めることができた。
・キリスト教世界におけるクリスマスの重要さはさもありなん。だがディケンズ1843年の作品『クリスマス・キャロル』こそが、現代の英米におけるクリスマス観=(独りではなく)家族や友人と祝い、特別な博愛の精神を抱くこと、を生み出したことが第2章で解説される。
・桂冠詩人テニソン。その作品『シャロットの姫』が前衛画家集団であるラファエル前派に注目され、特にウォーターハウスの大業な三部作として残されているのは、確かに興味深いな。個人的には、テート・ブリテンで観て気に入り、ポストカードを購入したミレーの『マリアナ』が、テニソンの詩集に由来するものだったことが新たな発見となった(p105)。
・『不思議の国のアリス』、このおそらくは世界一有名な子供向け作品の作者ルイス・キャロルは(その性的嗜好は別問題として)初期のカメラに精通した数学教師だったのか。それはともかく、アリスの実家、リデル家を含むアッパー・ミドルクラスのワーキング・クラスへの視線・扱いが、この子供向け作品にも色濃く反映されていることには、複雑な気分にさせられる。
・世界一有名な探偵=シャーロック・ホームズの生まれた背景(都市ロンドンの肥大化に伴う必要に迫られてのイギリス初の警官隊発足、刑事警察官の誕生)とその爆発的人気の背景(ロウワー・ミドル・クラスを読者に想定、紳士階級らしからぬホームズの言動、科学技術要素の取り入れ、新聞等メディアの取り入れ)は面白く読めた。それにしてもコナン・ドイルは、実に1927年(昭和2年!)までホームズ物語を書き続けたのか!

帝国が膨張してグローバル化を進めた結果、急速に多民族化した英国社会。ブレグジットの背景には「イギリスらしさ」を求める動きがあったのだろうか(p221)。同じ「島国」に住まう日本人として、その気持ちはよくわかる気がする。

魅惑のヴィクトリア朝 アリスとホームズの英国文化
著者:新井潤美、NHK出版・2016年8月発行

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