男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2022年04月

H・G・ウェルズといえばSF小説の大家だが、本国イギリスでは別の側面、すなわちヴィクトリア朝時代の社会派小説家としてもよく知られている(新井潤美「英国紳士の生態学 ことばから暮らしまで」より)。本書はロウワー・ミドル・クラスの中年男の決断とその行く末を、著者自身の出自と体験を十二分に活かして世に問うた意欲作である。
誕生の時は王侯貴族の扱いを受けた主人公も「クソ餓鬼」の年齢になると十分な教育も受けられずに社会へと放り出され、失業と再就職の苦難に直面しながらも労働の日々を送り、人なみに失恋し、やがて従妹の一人と結婚する。だが新居での結婚生活に初日から夢破れ、父親の遺産を元手に始めた商売もうまくゆかず、35歳のポリー氏は今日も消化不良に苦しんでいる。いよいよ借金が払えなくなる日が迫り、十分な保険金が妻の懐に入るよう入念に準備し、自宅兼店舗での放火自殺を決行するポリー氏。火を付けたは良いが、近隣の年老いた女性の身を思い、商店街を嘗めつくす劫火の中で彼女を助けると、一躍「街の英雄」となるのであったが……。
結局、ポリー氏は妻もこれまでの人生も捨て去り、一介の浮浪人となって村や町をさすらう第二の人生を選択した。ふと立ち寄った「ポットウェル・イン」でぽっちゃりした初老の女将と親密となり住み着き、帰ってきた彼女のヤクザ者の甥との死闘を経て5年の後、放火した自宅兼店舗のあった街に戻る。残してきた妻との再会と永遠の宣告。そして「ポットウェル・イン」の夕暮れの川岸で、人生についての一つの悟りを開くのであった。
・「帝国の誇りが必要とする最良の人間」(p12)。この定義に完璧に当てはまる人間はどれほど存在するのか。「急速に複雑化する社会」と「中産階級の下の大部分」に関する著者の考察は厳しい。そしてポリー氏のような人物は「社会の複雑さに釣り合う、集合的知性と秩序への集合的意志を育て損なった社会に多数存在する不適合者の一人」であるのだ(p53、p156)。
・「この世には、断固たる行動で変えられない状況というものはない」(p203)「人は、自分にふさわしい美を探して発見し、それに奉仕し、それを勝ち取って増やし、そのために闘い、死ぬ行く目がまだそれに向けられている限り、死を恐れずに何事にも直面し、何事にも立ち向かうべく、この世に生まれてくるのだ」(p231)「ポットウェル・イン」で、ある決断を迫られたポリー氏の、これは自身を鼓舞するであろう言葉が印象に残った。これまで自分に自信が持てず、逃げ隠れの連続であったポリー氏の人生に転機が訪れる瞬間である。
・静かなラストシーンが良い。「……歌が歌いたいんだ。自分は夕焼けのために生きていると思う時があるんだ」「僕は一種の透明な感情だろうな。穏やかで、暖かい……」(p270)

生まれと境遇、社会的地位、幸せのかたち。哀しいことだが、努力によっても変えられないものが人生には確かにある。あがき、嘆き、苦しみぬいた上でのポリー氏35歳の決断は、本書を手にした者の形を変えての理想、あるいは新たな苦しみでもあるのか。

THE HISTORY OF MR POLLY
ポリー氏の人生
著者:Herbert George Wells、高儀進(訳)、白水社・2020年2月発行
2022年4月21日読了
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本書は「女学生」「令嬢」「モダンガール」にスポットライトを当て、彼女たちの生態を多くの写真、雑誌記事、イラストレーション、コラムで紹介する、カラーページも多く楽しい一冊となっている。
・1911年、授業の一環として女学生たちが所沢飛行場を訪ねて伊庭中尉(搭乗員兼教員)からレクチャーを受ける写真が印象に残った。当時の飛行機と搭乗員は、いまでいう宇宙飛行士みたいな存在だったんだな(p19)。
・ブランド志向は当時から健在。「女学校選び、お茶の水高女人気の秘密」が興味深い(p34)。
・女学校の学費、卒業後の進路、結婚相手に臨む職業、女学生の赤裸々な日用語(美しくはない……)等々も楽しく読めた。個人としては礼儀正しく、集団となっての電車の中の傍若無人な態度なんか、現在と変わらないじゃないか。
・「ピアニスト・吉田ちか子嬢のお宅訪問」(p76)は理想的なお嬢様の記事だ。
・雑誌媒体などでは、普通の令嬢は「〇〇嬢」で、公爵家の娘に限っては大名家の名残よろしく「〇〇姫」と表記されていたんだな。
・モダンガールについては、彼女たちが登場した大正末期から、世にモボ・モガブームを巻き起こした昭和一桁時代の風俗を交えて解説される。時代の先駆けとなるスタイル。丸ビルを颯爽と歩く「タイピスト」や女事務員、電話交換手、女店員、「東京駅前で人気を集める女運転手」や「ガソリンを売る女」、女給、ダンサーに婦人飛行士(!)と、職業婦人と呼ばれるこれも尖端的な女性たちの活躍は、いま見ても実に溌剌としたものがある。
・『婦女界』に掲載された「職業婦人として成功する秘訣」が興味深い(p112)。
・第4章「大正ガールズ情報局」では、彼女たちが愛読した少女・女性誌と、その誌面に掲載された美容広告情報、竹久夢二による街角ファッションチェック、新聞紙に寄せられた乙女の悩み相談が紹介される。

100年前にタイムスリップし、大正ガールズの活き活きした姿を垣間見ることができた気分。
森伸之さんのイラスト集(全6ページ)も素晴らしい出来となっている。むしろこちらを表紙にしても良かったのでは?

大正ガールズコレクション 女学生・令嬢・モダンガールの生態
編著者:石川桂子、河出書房新社・2022年2月発行
2022年4月13日読了

西村天囚(てんしゅう)。彼は種子島西之表出身の大阪朝日新聞記者であり、かの『天声人語』の命名者にして主筆格。そして東京帝國大学の博士号を持つ漢文学者でもある。本書は、彼が主催者側として参加した1910年(明治43年)の欧米諸都市をめぐる第二回「世界一周会」の104日間の旅の記録を、中国思想史が専門の著者(阪大大学院教授)が、刊行された旅行記のみならず、西村直筆の旅行手帖と生家に残る2,000点もの資料を十二分に解読して活用した第一級の研究書となっている。
・神戸、横浜を出港してハワイ、サンフランシスコを訪問。大陸横断鉄道に乗ってシカゴとナイアガラの滝を見る。ボストンでは「知」に感動し、ニューヨークの摩天楼、フィラデルフィアの独立の精神を見分し、ワシントンD.C.ではタフト大統領と会見す。大西洋を渡るとロンドンに長期間滞在し、シェパードブッシュで開催中の「日英博覧会」をはじめとするイベント、博物館、名所旧跡を存分に見て聞いて、文明の本質とは何たるかを再考する。パリではその芳香とルーブル美術館に打ち震え、ジェノヴァ、ローマ、ナポリ、ヴェニス、ミラノで古代文明の偉大さとその残滓の寂寞さを知る。スイスの絶景を堪能し、ベルリンの新興国の首都の勢いを肌身で感じ取る。革命前夜のサンクトペテルブルグ、すでに親日となったモスクワを見聞し、ヨーロッパとアジアを直結するシベリア鉄道の人となり、無事に敦賀の港へ戻ってきた。実に104日間の旅程である。朝日新聞社の「日本人団体の世界旅行」の依頼を受け、交通機関とホテルの手配・値引き交渉のみならず、「大使、公使などの外交官」を動かして各国の税関をほぼフリーパスにするなど、英国の老舗トーマス・クック社の企画・実行力には驚嘆する。しかもツアーガイドはたった一人。それだけに同社が世の趨勢(ネット化)に追従できず、1997年に倒産したのが残念でならない。(僕もニューデリー空港での両替で店を利用したのだ。)
・明治の初めに岩倉具視らが決死の覚悟で赴いた欧州の悲壮な旅とは異なり、民間新聞社が企画した団体旅行に民間人が多数参加することの意義。40年を経たとはいえ、やはり当時の「海外渡航者」は強い使命感を有していたことが本書を読んで理解できた。
・その一人当たり旅行代金は、現在の価値に換算して700~1,200万円。参加者は総勢57人だが、企業経営者が目立つのもしかたがないか。
・アメリカ建国の地、フィラデルフィアでは「人智は日に月に新たにしてとどまる所を知らない。……独立自由の精神は満ち満ちてこの」独立記念館から溢れていると感慨を抱く(p105)。分かる気がする。またワシントンD.C.では貴族院議員・徳川公爵が上下両院を訪問したことに触れ、その紳士然とした態度が感銘を持って迎えられ、当時下院で威勢を振るっていた「日米戦争」論なるものが氷解するであろうことを期待のうちに記している(p108)。
・ニューヨークではカーネギー、ロックフェラー、モルガンら大富豪の邸宅を目にするも、想像を超えない造りから「彼らは天下を家とし、旅行遊覧を楽しむ」との言葉を残している(p338)。
・ロンドンではアメリカと大きく異なる「街の礼儀正しさ」に感銘を受ける。お国柄の違い。そして朝日新聞の同僚である長谷川如是閑(僕の愛読書『倫敦!倫敦?』の著者)と合流して日英博覧会の会場へ赴くしだいだが、大日本帝國が見せたい「国力」などではなく、イギリス人が興味を示したのは、もっぱら「心の中に抱く日本」「小さく美しい東洋のくに」のイメージであった。如是閑は嘆くが、已むを得まい。
・大英博物館では、まずその蔵書数(400万冊)に圧倒され、同時に500人が自由に閲覧できる体制に感銘を受ける。ギリシア、ローマの大理石裸像に抱く印象は、まぁ時代相応のものか(p145)。
・ローマ帝国の残滓が多く残されたイタリアの記述が多い。アメリカで日々新たなる文明を、イギリス、フランスに先進文明を見た「会員は、ついにその淵源にさかのぼってローマの遺跡を訪問し、古今盛衰の跡をしっかりと見なければならない」と、その意識と意気込みは実に高い(p185)。そして「(栄華を誇る人々が)指さし笑う野蛮のために(文明は)打ち破られる」「文明の極みは衰弱」であるとして、天囚の文明衰亡論が展開される(p188)。仏教と旧教の比較も面白い(p194)。『欧米遊覧記』は単なる紀行文ではないのだな。
・旅行を終えて敦賀港に帰着した天囚は「地球は果たして円き物なりけり」との言葉を残している(p385)。中国の古典を尊重しながら、西洋近代文明に謙虚に接し、日本の良さを再発見(p398)した104日間の旅。その価値はなるほど、計り知れないな。
・儒教経典によると「観光」は、他国の優れた点や文物制度をよく見る、というのがの原義だそう(p491)。そして現代に求められるは「民間団体による草の根交流」(p448)とある。同感です!

まるでVRの感覚。西村天囚の自由自在な筆と相まって、まるで本書を読む僕自身が乗船し、また旅行地に立っているかのような臨場感を味わえた。
また、天囚の紀行文には難解な漢文が多々散りばめられているが、これを当時の新聞読者は苦も無く理解できたという事実が衝撃的だ。思えば漱石の小説作品等もそうだし、当時を生きる日本人には漢文は基礎教養だったことが偲ばれる。これからのG2世界を生きるに際し、漢文は教養が必要になるかもしれない。「読書百遍、義自ら見る」(p392)か。

世界は縮まれり 西村天囚『欧米遊覧記』を読む
著者:湯浅邦弘、KADOKAWA・2022年2月発行

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