男ひとり旅の美学

33の国と地域、南極を含む七大陸を踏破! 海外旅行歴28回の「旅の恥は書き捨て」です。愛車BMW M3と読書感想文も。

2022年06月

19世紀のイギリスは理想的な立憲君主制のもと、二大政党による見事な議会政治が機能した模範国であったと言われる。だが本書を一読すれば、このような"幻想"は見事に打ち壊される。理想の君主とされるヴィクトリア女王は頻繁に政治に介入し、首相を罵倒し、閣僚人事には自分の好き嫌いをあからさまに表明して変えさせようとした。また一時期日本で持てはやされた二大政党制のトーリーとホイッグ、保守党と自由党は何度も内部分裂し、採決では裏切り者が続出した。選挙期間中の贈収賄は当たり前であった。
本書はグラッドストンとディズレーリ。七つの海に君臨した19世紀イギリスを代表する偉大な政治家の生い立ちから政治信念と、彼らの限界、そしてヴィクトリア女王の"性格"に焦点を当て、今日的視点からイギリス政治を追う一冊となっている。
・奴隷を所有するカリブ海の大農場主にして従男爵の息子であり、イートン校に通う15歳のグラッドストン少年の演説が残っている。下層階級に教育を与えることは、彼らにとって有益か、とのディベートに、彼は善良にふるまうために資質を向上させれば義務に忠実となるだろうと、上から目線で述べるとともに、彼ら職人の勤勉さや才能を眠らせ、希望を砕き、精神を抑圧したままにしておくことは「道義的に正しくなく、政治的にも当を得ていない」との意見を開陳した(p18)。これが政治家になってからの彼の政治行動を律する二つの尺度となる。だがオックスフォード大学ので討論では参政権の拡大に反対する。曰く、参政権の行使には特別の能力と責任感を要し、それを有するものは限られているから(p24)である。非民主的ではあるが、こんにちの日本の政治状況をみると、案外的を得た意見であるとわかる。
・一方のおしゃれな文学青年、ディズレーリである。彼の父の代までの名前はD'Israeli、すなわちイタリア語でイスラエルの人、であった。商人の父がキリスト教に改宗してからDisraeliと改名したとある。なるほど。少年は孤独を愛し、読書にふけり、少年の父は「あの無名の多数者、すなわち自己を欺きつつ自己に不憫で、凡庸の枠のなかで消えてしまうような、つまらぬぬ芸術家の大群」に入れるのを良しとせず、17歳の息子を弁護士事務所に就職させた。珍奇な服装に凝り「ハイソサエティに入るには血縁か巨富か天才のいずれかが必要」と理解していた息子は投資に手を出し巨額の債務を抱え、それがゆえに次々と小説を発表し、負債の穴埋めにかかった。人生はいつどうなるかわからない。この頃、トルコ、エジプト、パレスチナなどを旅行したことが、のちの彼の対外膨張政策に影響するのである。
・堅物のグラッドストン議員の結婚観。娯楽を39項目に細分して一つ一つを検討し、宗教生活に影響しない結婚生活を女性に問う……。失恋の量産も已むを得まい。そして世はチャーチスト運動の全盛期。こちらも若き議員のディスレーリは労働者階級の悲惨な状況の改善を主著するが、日の目を見るのはまだ先のことである。そして彼は政治小説『シビルすなわち二つの国民』で富者と貧者の交わりのない二つの国民からなる英国を風刺する。
・ディズレーリとグラッドストンの最初の直接対決は、1853年度予算案の審議においてである。大蔵大臣ディズレーリの素人予算案は各方面から攻撃を受けた。「小説家の予算案」は議会で否決されると保守党内閣は総辞職、新大蔵大臣にはグラッドストンが就任する。彼の画期的な税制「革命」案、すなわち不動産の相続税の新設は外国人ですら驚愕するものであったという。
・クリミア戦争、アロー号事件、スエズ運河建設問題、ナポレオン三世暗殺未遂事件、インド大反乱。この時期には外交問題が山積していたんだな。そして労働者に選挙権を与える革命的な選挙法改正運動。労働者階級が政治に無関心であれば、議会が不活発となりうる……このグラッドストンの思想は現代日本にもそのまま当てはまりそうだ(p114)。
・19世紀後半はディズレーリ内閣、グラッドストン内閣が何度も交互に成立し、政党内部は分裂し、議事に混乱をきたし、政党の再編がなされた時代であり、帝国主義的膨張の時代であり、下層階級の基本的人権と政治的権力の拡張の時代であった。連接する「植民地」アイルランド問題は常に影を落とし、スエズ運河株式取得問題ではユダヤ人ロスチャイルドや新聞記者が政治に介入し、インド国有化に至る、と。ロシア・トルコ戦争とベルリン会議のビスマルクの逸話も興味深い(p165)。それにしても、立憲政治の黄金時代と言われるこの時代のイギリスでも、王室の政治への露骨な介入はしばし行われていたんだな。
・時代は移る。自由党の絶対的な指導者にして76歳の老首相、グラッドストンの前に立ちはだかるは、バーミンガムの若き成功者、ジョセフ・チェンバレンである。ジェネレーション・ギャップとでも言おうか、現在では当然のこととされる民主的な社会福祉政策の数々をチェンバレンに説かれても、グラッドストンにはもはや理解できなかったことは悲劇ですらある。
・国民から"グランド・オールド・マン"と親しく呼ばれるようになっても、グラッドストンはヴィクトリア女王にとっては「この半気ちがいで、いろんな点で、まるでこっけいな老人は大嫌い」(p192)なわけであり、彼の死後に追悼の辞を送ることすらしなかった。これが女王の冷たい側面であったのか

「歴史における個人の力は大きいが、歴史の流れに抗してまで個人の力が影響を及ぼすことはできない」(p214)
すでに帝国主義に突入した世界の中にあってはイギリスは強くなくてはいけない。個人の意に反しての対外膨張政策、諸外国の占領。しばしば個人の信条を歪めるほどの決断であったろう。また福祉政策の充実については、正直、自らの理解・納得を得ないままに進めざるを得ないこともあったろう。
明治・大正の日本において理想的な政治家として崇高された自由党の「虞翁」グラッドストン。そして稀有な文学的才能を併せ持ち、強硬的な対外政策と社会福祉を同時に推し進めた保守党のディズレーリ。この二人の「飾りのない」人物像を知ることができたことが、本書の収穫であった。

新・人と歴史 拡大版29
最高の議会人 グラッドストン
著者:尾鍋輝彦、清水書院・2018年7月発行
2022年6月26日読了

イギリス人のシニシズム。それは彼らの誇りでもある。本書は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』、サヴォイ・オペラ『ミカド』、シェイクスピアの演劇、アガサ・クリスティの作品、ミュージック・ホールのコメディ等を題材に、イギリス文化の特徴を探る興味深い一冊となっている。
・『サウンド・オブ・ミュージック』をイギリス人は誇りにしつつ、表だって褒めない。そのアングロサクソン人種のシニカルさには根拠があると著者は述べる。英語表現の素直な表現を多用しない英語、ストレートな表現を慎む国民性、だが一方で感傷的なセンチメンタリティを発揮するなど、英国で育った著者ならではの観察眼には納得だ。あと『エーデルワイス』はオーストリア民謡だと、僕は本気で思っていたぞ(本作のミュー時間る板尾楽曲だったとは)。
・W・S・ギルバートの自画像(p65)。その自他ともに認める「ひねくれた」性格が生み出した戯曲が、ヴィクトリア時代から現代に至るまでのイギリス人を熱狂させた秘密は何か。作曲家サリヴァンの甘く優美な楽曲と「ひねくれた」セリフが出会うとき、なんとも言えない相乗効果を発揮するらしい。その発展形が現代のミュージカルなんだな。ヴィクトリア女王もお気に入りだったというDVD『ミカド』を今度鑑賞しよう。
・アガサ・クリスティの描く1930年代のミステリーでは、しばしば上流階級の領地の居所、すなわちカントリー・ハウスが舞台となる。そう、彼女自身がアッパー・ミドル・クラスの出身で社交界を知る女性であることから、彼らの暮らしぶりがリアルに描写されることが特徴でもある。彼らの従僕、使用人たちの世界はとても厳しいが、町の人と違って上流社会と接する機会あればこそ、イギリスらしい文化が生まれるのである。

帝国が膨張してグローバル化を進めた結果、イギリス社会は急速に多民族化した。カントリー・サイド、村の生活を求めることは、すなわち「多民族国家イギリス」ではなく「古き良きイングランド」への憧れである(p161)。これは現代生活に無いもの、すでに失われた古き良き日本の姿をいつしか求める我々の姿に重なって見えるな。

へそ曲がりの大英帝国
著者:新井潤美、平凡社・2008年7月発行
2022年6月12日読了

旅の魅力ってなんだろう。もちろん人それぞれなのだが、林芙美子にとってのそれは「庶民の生活を知る」ことにあったことが、本書に記された台湾、満州、シベリア~西ヨーロッパ、樺太、北京の旅日記からうかがえる。ベストセラー作家なのに、わざわざシベリア鉄道の三等車を選ぶなんて、好奇心の塊のような人だ!
本書は、1930年から1936年までの林芙美子の紀行文を再編成したものである。ベストセラー『放浪記』は改造社版から新潮社版へ移る際に文体のところどころが「お上品」に改められたが、本書には林芙美子の性格が率直に現れ、とても親しみやすい旅日記となっている。

三週間かけての台湾縦断は、婦人毎日新聞社主催の講演旅行であり、複数の女性作家と旅路を共にしたとある。講演だけでなく、退屈な日本人支配階級との会談、組織的な観光。それでも著者は合間を縫って現地をテクテク歩き、現地人と会話を交わし、その地の息吹を感じることに喜びを感じ取る。雨に煙った基隆の印象が深い著者にとって、台北は「教室に入ったような窮屈さ」(p17)を感じ対話総督との会談では本心ここにあらずと良妻賢母を論じ、解放台北場外で息を継ぎ「旅は自由行動に限る」(p19)と再確認する。その気持ち、よくわかるぞ。若い台湾女性を「道を歩く瞳がみずみずしく光って」いると称する一方(p34)、内地人(日本人)が苦力をこきつかっているのを見ては、足から血がのぼるような反感を持つ。これぞ林芙美子だ。

1931年11月から翌年6月にかけて、いよいよ長春~哈爾濱~満州里~シベリアを経由してモスクワ、パリ、フランス北部、ロンドンへの旅が始まる。帰りの旅費まで考えてなかった『三等旅行記』、「呑気と云えば呑気なことでしょう」(p84)と著者は屈託ない。
・「あれが夕陽かしら、暗色になりかけた野原の果てに、狂人が笑っているような夕陽の赤い炎」(p57)これは哈爾賓で目にした夕景の描写。空も良く物価も安い、と著者はこの地を気に入る。そして官僚的仕事には「奉天のツウリスト・ビュウロウなんて、あってもなくても同じ事だ」(p70)と手厳しい。
・無責任な野望を抱く関東軍の引き起こした事変のさなか、満州の駅はどこも兵員でごった返している。暗殺や事件の噂が後を絶たない混乱の哈爾濱、北満ホテルの部屋で、それでも著者はパリ行きを決意する。列車がソヴィエト・ロシア領に入り、いよいよシベリア鉄道に乗り換える。列車はシベリアの寒気の中をひた走る。雪で光った晴天。シベリアの光のない小さな太陽。ガラスを重ねたように光る雪道。人魂のようにポトリと落ちる樹の上の雪の塊。大きな二重窓の外の世界を著者は存分に楽しむ。
・列車内のロシア人は物持ちの外国人客をブルジョワを呼ぶ。食堂車を利用せず、貧しい食事に汲々とする一般国民=プロレタリアの姿を列車内で垣間見て、著者はソビエト体制の矛盾を鋭く突くが、ロシア人は薄笑いを浮かべるばかりだ。「いずくの国も特権者はやはり特権者なのだろう」(p111)そして列車はパリ北駅へ到着する。
・薪ざっぽうみたいに長いパン。物を食べながら街中を歩けることに感動を憶えながら、着物を召して黒い塗下駄でぽくぽくとパリの石畳を歩く小さな体躯の著者はパリジャン、パリジェンヌから注目を集める(足に板をぶら下げている、と呼ばれる)。シネマ『オランピア』で本場のヴァリエテを観る。上半身むき出しで乳房は銀色のバンドで小さく隠して踊る姿。汽車をテーマにした踊りは、宝塚少女歌劇団の演目の元となったものに相違あるまい(p128)。
・少数の知識階級ではない。「フランスを支えているのは百姓とエトランゼだ」(p130)。
・かつて劣悪環境なセルロイド工場の安賃金で著者が色塗り労働をしたキューピー人形が、パリの百貨店で高額販売されていることに仰天するシーンがある(p134)。セレブ作家ならMade in Japanな事実を誇らしく思うのだろうが、彼女の心境はいかなものだったろうか。
・19030年代になってもパリの紳士はシルクハットをかぶっていたのか。『パリの屋根の下』に見る鳥打帽は、プロレタリアの男がかぶるものだそうな(p136)。
・ミレーの故郷とは知らずにバルビゾン村へ着物で赴く著者。袖を振って「空を走るのか」と真面目に聞く老人もかわいいじゃないか(p149)。
・ロンドンでは日本は「中国を侵略する大野蛮国」として扱われ、トラファルガー広場では中国婦人による反日デモが繰り広げられる。パリでは中国の青年が『国難通告』と書かれたビラを配り歩いていた。日本人は「豊富な隣のものを失敬することもやむを得ない」とたまらない理論を平気で吐く(p173)。「コンチクショウ! 日本は軍人さえなければいい国だのに……」(p137)
・復路はマルセイユ、ナポリ、コロンボ、新嘉坡、上海とインド洋を経由する船旅である。ポート・サイドでは大きな盆のような月を見て、紅海では海の色がひどく赤がかる様子を目の当たりにする(p191)。しめて426円の旅費であったとある(p203)。大卒エリートサラリーマンの月給が60円の時代の「女ひとり旅」であった。

支那大陸では国民党軍と共産党軍の闘いが熾烈を極める。「こんな広い中国に戦争がないのが不思議だ」として、北が勝っても南が勝っても、我々の生命財産なんか守ってくれない。平和になってさえくれれば良い、と地元民は現実的で、タフだ(p77)。
・当時の紫禁城は荒れていた。かつて王侯貴族が闊歩した石道にも、黄玻璃の屋根瓦にも草が生え、敷地は雑草が生え放題。そして80万坪の祝祭の地、天壇に立って著者が思うのは、やはり庶民のことである。そして「人間の夢想もここまで来れば手を放って呆れるばかり」と容赦ない(p249)。
・かつて代々の親日家だった女性のため息を、著者は悲し気に耳に入れる。日本への思いも「こんな風になっては」もはや何もなくなった、と。「私を目を閉じるより仕方がない」(p252)

1934年の樺太への小旅行も面白い。
・開発の手の届かない稚内の街の描写は素晴らしい。大泊から豊原までの列車の中から見て驚いたことは、樹木という樹木がことごとく伐採されていること。樺太を事実上支配する王子製紙の社員に訊くと「無尽蔵だから伐採する」との応答。なるほど、「王子島」のどの駅にも木材がひしめき合ってる。知取ではオホーツクの海を見て「こんなに、暗くて孤独な海の色を見たら、誰だって手紙が書きたくなるに違いありません」(p229)。ここでも王子製紙の工場群が新聞紙、模造紙、パルプ等を製造している。幌内、敷香(しすか)では白夜に近い体験(午前二時には夜が白む)をする。

「地図を見ている事はユカイです。人間が大きくなりますよ」(p168)とは同感だ。
岩波文庫『林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里』と重複する部分が多いのは止む無しだが、勢いあまる彼女の行動力を存分に追体験でき、とても満足している。ところどころに光る名文も楽しませてもらった。

愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ
著者:林芙美子、中央公論新社・2022年4月発行
2022年6月6日読了

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