本書は、約2300点にもおよぶコレクションから厳選された代表作品をもとに、美術館での展示と同様、四つの時代を追って西洋美術史をたどる構成となっている。
ありがたいことに、序章から読みやすい文章とあいまって、西洋美術史としてのナショナル・ギャラリーの作品群が、美術に興味を抱く素人(自分です)にもわかりやすいように解説される。個々の絵画の背景と意味を考えると、なるほど、おもしろい!
・なるほど、ナショナル・ギャラリーは他国のように「王室コレクション」を開放したかたちではなく、最初から西洋美術史の教育・啓蒙を目的として設立されたのだな。ロンドンにいながら、ルネサンス期、15世紀フランドル絵画の真髄を堪能できる。素晴らしいことだ。
・二次元空間は天上世界、三次元空間は人間世界を表す(p22)。そして聖母の青いマントは神の叡智(天の真実)、変色している赤い服は慈愛を表す(p27)、か。
・側面像(プロファイル)に対するフランドル発祥の「四分の三正面像」(p33)が「古代のルーツ」(p46)を持つイタリア絵画にも拡まり、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが現われ……こうやって美術は進歩していったんだな。
・宗教画化を窮地に追いやったプロテスタント革命、都市経済の繁栄に伴う市民階級の台頭。社会の変化によって求められる絵画作品も変わるのだな。個人的には「世界風景画」が気に入った(p96)。
・それがフィクションだとしても、キリスト教がわかれば西洋美術は何倍も面白くなる。そして17世紀バロック絵画は、特にカラバッジオ『エマオの晩餐』、カラッチ『アッピア街道で聖ペテロに現れるキリスト』、レーニ『エウロペの掠奪』(p108)などは、その高尚さと物語性のわかりやすさで見るものを圧倒する。
・ロランらの理想的風景画も見逃せない(p130)。これらがグランド・ツアーを経験した英国貴族のピクチャレスク・ガーデン趣味(p136)となり、やがてゴシック・リバイバル(p145)が生まれるのか。
・ドミニク・アングルの新古典主義とドラクロワのロマン主義。同時代の出来事さえ「歴史」として主題にする物語性は、市民層に好まれたのだろうな(p214)。僕も、巨大かつ凄まじいまでのオーラを放つ『レディ・ジェイン・グレイの処刑』(p216)に対峙した時の衝撃は忘れられない。
・そして自分の視覚に忠実であろうとする印象派が現われる。ゴッホの『ひまわり』は圧倒的だった。

ナショナル・ギャラリー(2回)、ポートレートギャラリー(1回)とも訪れたことはあるが、ルーブル同様、絵画の質と量に圧倒されてしまい、個々の絵画の意味など考える余地などなかったことを白状する。だが本書のおかげで、今年東京と大阪で開催されるロンドン・ナショナル・ギャラリー展では、より興味をもって鑑賞できることになりそうだ。

教養としてのロンドン・ナショナル・ギャラリー
著者:木村泰司、宝島社・2020年3月発行