イギリスの伝統的なファッション。それは世紀末から1920年ごろにかけてのモダニズムの時代に生まれたものであり、いつしか「伝統」が加えられた。
本書は、トレンチコートとレインコート、乗馬服と女性用スーツ、メイド服、プリント柄のコットン・ドレスを取り上げ、国民性と時代背景から、それらがどのように「伝統的なブリティッシュ・ファッション」へと昇華していったのかを探る興味深い一冊となっている。
・マッキントッシュ(雨がっぱ)、アクアスキュータム(ラテン語で"水を通さず")、バーバリー(ギャバジンを発明)。当時の最先端技術を駆使した男性用防水トレンチコートとゴム引きコート(僕も愛用。蒸れるけど)によって英国を代表するブランドが、1830年代~1850年代の技術革新によって顧客、それも王室を含む上流階層の支持を得て、世界的に発展する様子が、シャーロック・ホームズ作品を交えて解説される第二章が興味深い。「イギリス人が国民性と自負する実用性の重視、発明の才と工夫の結晶である」(p44)
・V&A美術館に1920年代の男性用「グレシャム・レインコート」および女性用レインコート「パーフェクタ」のカタログが保管されているという(p46)。いつか現物を見に行こう。
・ホームズ作品によると、19世紀末にはファッショナブル性を併せ持つwaterproof(アクアスキュータムとバーバリー)はミドルクラス以上の男性が、mackintoshはそうでない男性が愛用したことがわかる(p50)。
・著者によれば、イギリス紳士とはすなわち「技術革新と知性に裏打ちされた男性服の美学を実践する人」(p63)である。その現代的なダンディズムは、いまも廃れることを知らないように思える。
・メイド服はなぜあそこまでシンプルで無装飾なのか。そこにはミドルクラスの価値観(女性は働かず家庭の天使とされる)と要求(プライベートでも慎むべき)が多分に現われ、しばしば女性労働者(ワーキングクラスは男女問わず働く)との軋轢を生みだしたことが実例を交えて解説される(第四章)。
・1875年創業のリバティ商会(リージェント・ストリートのリバティ百貨店)の活躍、特にエステティック・ドレスでの成功は、イギリスのテキスタイル産業に「芸術的特徴」を組み込み、それをパリやイタリーのそれに並ぶブリティッシュ・ファッションにまで昇華させた点で著しいとある(第五章)。ジャポニスムや中国趣味、インドのカシミールなど帝国のデザインを大胆に取り入れ、綿業の機械的発展と相まって、"正統派"ファッションにアンチテーゼを突きつけた点は面白い。

機能的な乗馬服が求められた背景(乗馬スクールへ通うミドルクラスの増加)、21世紀では当たり前に服飾に求められる「健康・衛生」の観念が19世紀のミドルクラスの精神(規律・道徳)によるものなど、ファッションの変遷には理由がある。そして「ジェンダー規範、社会階級、仕事とレジャー、アートと消費社会」(p180)とフランスに対するコンプレックスが、現代にも通底するブリティッシュ・ファッションの哲学だと理解できた。

メイド服とレインコート ブリティッシュ・ファッションの誕生
著者:坂井妙子、頸草書房・2019年2月発行
2020年5月16日読了
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