チャールズ・ディケンズ23歳。身に付けた速記術を駆使しての新聞記者の手腕を唸らせて、ジャーナリズムの草分けとしての名声を確実に得てゆく。教区篇、情景篇、人物篇の三部で構成される"スケッチ"は、まるでその場で見て聞いているかのような臨場感あふれる筆致でロンドンの昼と夜を描写する。
・1830年代ロンドンの悲惨極まる庶民の暮らし。わが物顔で街を跋扈する教区委員と民生委員のお歴々。差し押さえ業者の下僕だった(激しい選挙戦を勝ち抜いた)新任役人の生々しい話、紳士たちの所業、中流家庭のミス/ミセス率いる複数の婦人会の競争の激しさ。『我らが教区篇』の描写は悲喜こもごもだ。
・人もまばらな早朝の街角、高級住宅街もいまは貧民街の『セブンダイヤルズ』の昼間の喧噪、等、『情景篇』はロンドンの街と人々の生の姿を描き出す。それにしても一着の古着、少年用のスケルトン・スーツから一遍の哀しい家族の物語を紡ぎだすディケンズの想像力は大したものだ(『モンマス・ストリート瞑想』)。縁日に群がる老若男女の様子をおもしろおかしく縦横無尽の筆で語りつくす『グリニッジ・フェア』は、その場の喧騒がダイレクトに伝わってくる。
・『人物篇』では下層ミドルクラス、ワーキングクラスの労苦と楽しみがあぶりだされる。現代日本とあまり変わらないな。

短編小説は12編を収録。
・『Mr Mins and his Cousin 決断の時』犬と子供嫌いのミンズ氏のもとにやってきたのは……。ディケンズ21歳のデビュー作。一流のドタバタコメディは強烈におもしろい。
・『Horatio sparkins 然るべき人物』投機で成り上がった中流階級一家の「貴族趣味」を語彙豊富に語る小喜劇。小説の面白さここに極まるといったところ。
・『The Steam Excursion 晴れのち曇り、こともなし』テームズ川を下る船上パーティでの二つの家族の見栄の張り合いに、ギター演奏に歌曲に、揺れる船内でのディナーに、泣き叫ぶおぼっちゃま。ニヤニヤさせられた。
・『Passage in the Life of Mr.Watkins Tottle 結婚、ああ結婚』ワトキンス・トトル氏に振りかかった難儀』は50代独身男の求婚話をめぐるコメディ。こうはなりたくないなぁ。
・『The Drunkard's Death憐みの祈りもなく』家族を抱えながら酒に走り、悲劇は悲劇を呼び込む……。散り散りになった家族の哀れさが涙を誘う。本書随一の悲しいストーリー。

他に『The Bloomsbury Christening 二つの戒め』『Mrs. Joseph Porter 'Over the Way'幕は上がった』など。
やはりディケンズ! 人物や情景の描写力は群を抜き、話の展開も面白すぎます!

Sketches by Boz
ボズのスケッチ
著者:Charles Dickens、藤岡啓介(訳)、未知谷・2013年6月発行
2020年5月18日読了
DSC04662a
ボズのスケッチ
チャールズ・ディケンズ
未知谷
2013-06-19