本書の出版は昭和4年。90年も昔となれば、ロンドンの様相も現在と異なるのが当たり前か。当時のロンドン・ミュージアムはランカスター・ハウス(セント・ジェームズ宮殿の隣、ダウントン・アビーの舞台だ!)にあるし、トラファルガー広場の周囲は道路で囲まれ、ナショナル・ミュージアムとは隔たれている。グランド・ホテルもセシル・ホテルも健在だ。
・世界の海を制覇したのは、もともとはイギリスの土地に由来する「食物の不足」からであるし、その冒険気質が新領土の開発を即したといえる。そして18世紀の産業革命を経て、幸運に国内に豊富に眠る「石炭と鉄」が産業化を加速させた。これ天恵なり、とある(第1章:地理的特徴)。
・婦人参政権(婦人有権者525万人)の実現は1925年と遅かったんだな。
・38万マイルに及ぶ海底ケーブルの約半数を英国が占めていたんだな(p89)
・英国人気質の一例「われわれイギリスではそんなことはしない」と外国人に言うが悪意はなく、slow but steadyの精神をもって日々を生き(p96)、草木を愛でる(p114)。島国の人間として親近感がわくな。
・なるほど、ケルト語のLly-din(湖沼の砦)転じてロンドンか(p134)。そして当時の英国の人口の6分の1、750万人が世界一の大都市ロンドンに住んでいたのか。
・当時のロンドンは造船・海運が盛んであった。大規模な造船所に加え、埠頭ではなんと7百基以上(!)もの荷物用クレーンが稼働していたという(p161)。
・英帝国の版図は陸地の5分の1を占め、人口は4億8千万人。これは世界人口の4分の1(!)である(p286)。その植民地と商工業の拡張は英国にとって絶対であり、国際連盟に抗ってでも独自の外交政策が生まれてくる。
・覇権国ならではの「世界政策」の遂行。「光栄ある孤立」というが、その実は度重なる同盟による戦争の連続だったし、19世紀にロシアの南下を絶対的に阻止し、ドイツの東方政策を欧州大戦(第一次世界大戦)によって粉砕したのは、植民地、特にインドとの連絡線を維持する観点からみると納得がゆく。大戦後は共産的ロシアと絶大な物量を誇るアメリカの挑戦を受けて圧迫される英帝国の立場が、同時代的観点から解説されるも興味深い(第14章)。
・その他、労働問題、文学、教育、地方都市、軍事に渡って英国が解説される。

先のコロナ禍でのボリス・ジョンソン首相の感動的な退院スピーチにみられた通り、その「剛健にして情義の熱い」「自己批判の余裕を有する」(p326)国民性は変わらないのだな。良き時代のロンドン。いまではその街と人を観ることはかなわないが、本書を通じて当時を小旅行した気分に浸ることができた。

世界地理風俗大系 第十巻 イギリス
新光社・1929年4月発行
2020年6月13日読了

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