1908年から1917年にかけて発表された7つの短編を収録。
『The Bruce-Partington Plans ブルース-パーティントン設計図』
黄色がかった濃霧が深く立ち込めるロンドンは、大陸の諜報員が暗躍する街でもある。ある未明に地下鉄線で発見された若い設計技師の遺体。その懐に残るはイギリス海軍設計局から盗み出された最新鋭潜水艦の設計図の一部だ。だが、行方不明の残る3枚こそが国の行方すら左右する決定的な重要書類であり、海軍省、政府・内閣だけでなく”ウインザー城に住まうさる高貴な婦人”の心情をも乱すこととなる。そんな国家的危機に際しても、民間人ホームズの頭脳は冴えわたる。
この犯行のトリック、当時(1908年)の読者にはさぞ新鮮に想えただろうなぁ。
「テーブルからさっと立ち上がるのが、わたしの答えだった」(p137)ホームズの問う重たい誘いに躊躇しつつ、次の瞬間には友人のために法に反する行為にも加担するワトスンの勇気は素晴らしい。これもホームズ物語の素晴らしさの一つだ。
ホームズ短編物語の五指に入るといわれる本作。納得の出来です。

『Wisteria Lodge ウィステリア荘』
屋敷に招待され、突然の殺人事件に巻き込まれた男は、絵にかいたような保守的な英国紳士。捜査の過程から、英国の田舎にこもって姿を見せない「高貴な」人物とその家族の存在が明らかとなる。スペイン語、混血の使用人、ヴードゥ教の儀式と未開の原住民。これだけでもミステリーとして期待が持てるというもの。
そしてノンキャリアの地方警察官、ベインズ警部が頼もしい。
コンゴ自由国(!)を私物化して住民を酷使・殺戮したベルギー王レオポルド2世を控えめに非難するためか、その植民地を南米サン・ペドロなる地名に設定して物語は展開される。しかし、その原住民の姿と言ったら……20世紀初頭の英国でも、この描写が受け入れられていたのか。

『His Last Bow 最期の挨拶』
時は1914年8月、60歳を超えて首相の直々の国家的要請を受諾し、準備にかかった時間は実に2年。祖国のために大捕物をやり遂げたホームズ。敵はイギリス国民よりも一枚上手のドイツ人スパイだが、祖国のために全力を尽くした彼を、同様にイギリスのために尽くしたホームズは蔑視しない。これぞ紳士というものか。

他に
『The Devil's Foot 悪魔の足』
『The Red Circle 赤い輪』
『The Disappearance of Lady Frances Carfax フランシス・カーファックスの失踪』
『The Dying Detective 瀕死の探偵』
を収録。

スピンオフ作品は多数あれど、やはり本家は何かが違う。オリジナルの挿画とオックスフォード版の充実した解説により、ホームズの世界を思う存分楽しめる一冊である。

His Last Bow
シャーロック・ホームズ全集8
シャーロック・ホームズ最後の挨拶
著者:Sir Arthur Conan Doyle、小林司、東山あかね(訳)、河出書房新社・2014年9月発行
2020年7月18日読了
DSCN4167
 
シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (シャーロック・ホームズ全集)
アーサー・コナン ドイル
河出書房新社
2000-06-01