神戸を代表する坂道、トアロードの中腹に、芝居の建物のように赤く塗られたそのホテルはあった。昭和17年の冬、逃れるように東京を出でた西東三鬼は、数名の外国人と十余名の夜の女ばかりが長期滞在する国際色豊かなホテルに落ち着く。怪しげなエジプト人、亡命ロシア人、トルコ人、台湾人、朝鮮人たちの驚愕の生業、三ノ宮のバーのマダムたちの生態、半狂人の豊かな精神、俳句仲間との邂逅……「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」のスローガンはどこへやら、過酷な戦中・戦後にあってハイカラ・コスモポリタリズムな神戸の街と人々が織りなす稀有な物語が赤裸々につづられる。
・あやしい生肉を仕入れてくるエジプト人、20歳の紳士な台湾人、夜のお相手として日本女性を駐留ドイツ兵に斡旋する白系ロシア人女性ブローカー、もちろん、心身たくましいバーのマダムたち。彼らひとりひとりにまつわる哀しい人生は思わず涙を誘う。
・大正時代に渡仏してパイロットとなり、第一次世界大戦に従軍した日本人、その老境が語られる第七話「自動車旅行」が秀逸の出来だ。
・「当時の官憲、なかんずく軍部という狂人共に、強い嫌悪を感じていた」(p75)、そして「自由を我らに」を信仰する住人たちは、戦時色というエタイの知れない暴力に最後まで抵抗した(p111)。ファシズムへの神戸らしい対抗心は良いなぁ。
・「悪いのは日本軍部。国民は被害者だ」との認識が米軍兵士の間に浸透していたという(p142)。まだ救いか。
・終戦後の広島でのどがカラカラに乾いた「私」。「月もなく、星もなく、何もない。あるのは暗い夜だけだ」(p170)原子爆弾。すべての人間の悪を一心に凝縮して、三鬼は神戸への帰路に就く。
・焼け野原の神戸は悲惨だ。肥え太った中国人に不動産を買い占められて追い出される痩せた日本人。傍若無人なアメリカ兵の夜の振る舞いに日本人女は泣かされる(現代沖縄の悲劇はここに端を発する)。きれいごとではない実態があっけらかんとした筆致でつまびらかにされる。「敵愾心などは通り越して、私は人間そのものがいやになった」(p174)
大本営発表など信用せず、商人のうわさ話や、ドイツ水兵やイタリア兵士のもたらす真実の話などなど、市井の人々が独自に情報を仕入れ、たくましく生きていた記録は想像を超えてすごかった。
自分の力で生きてゆくこと。
空爆で焦土にされるまでの国際都市とそこに住まう人々のあり方は、実に生きにくい令和=コロナ時代を生きるわれわれにとってもおおいに参考になる。

神戸・続神戸
著者:西東三鬼、新潮社・2019年7月発行
2020年8月2日読了
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神戸・続神戸 (新潮文庫)
西東 三鬼
新潮社
2019-06-26