ある犯行者の意識と行動を追う異色のミステリー。完璧と思われた行為が次々と暴かれてゆく様子は当事者でなくとも恐怖感を味わえる。『樽』に登場したフレンチ警部の活躍も見もの。
・冒頭、被害者の孫がロンドンからパリはル・ブルジュ空港行きインペリアル航空の乗客として飛行する描写が秀逸だ。祖父とその執事と父親との小旅行。事故にあった母に会いに行くためとはいえ、10歳のローズにとっては大冒険だったはずだ。ときに1932年9月、クロイドン空港からフランス・ボーヴェ空港(霧のために行き先が変更された)への航空旅行を終えたとき、祖父が死亡していたことが明らかになる。検視尋問の結果、自殺の線で決着がつくが、ここから甥のチャールズの犯行への長い旅程が語られる異色の構成となっている。
・倒産寸前の小型発電機工場を救うための、遺産の前貸し要請に耳を貸さない叔父への憎悪。「ひとりの命V.S.多数のいのち」「ひとつの悪V.S.ふたつの悪」チャールズの犯行へのきっかけは単純なものだが、そこに人の弱さが潜んでいる。一方的な熱愛を傾注するユナ嬢への恋慕は、行動を決定的にするのだ。
・練りに寝られた計画に則って「行動」は成し遂げられる。後日あらわれた目撃者も、これも消してしまえば恐ろしいものは何もない。
・安堵と高揚感。愛にあふれる未来の予感。だが、明晰な頭脳を持つスコットランド・ヤードのフレンチ警部の執念による捜査は、チャールズの意図を看破する。順風満帆な日々は、深夜の逮捕状をもって永久に崩れ去るのだ。
・法廷に立った瞬間、チャールズは八方から注がれる視線(p284)におののき、訴追側の主任弁護士(検察側)の驚くような追及に精神的に耐え、「恐怖に恐怖が積み重なって」感覚の麻痺する状況(p344)に陥る様子は、臨場感あふれる描写力によっていっそう恐怖感がひきたつ。
チャールズが苦境の日常を変革するために行動に移るまでの日々、犯行後の恐怖感の毎日、みごとな公判の大きく三つのシーンから構成される。人間なるがゆえの弱さ、そして自らの心のスキへの対峙を考えさせてくれる傑作長編といえよう。

THE 12.30 FROM CROYDON
クロイドン発12時30分 
著者:Freeman Wills Crofts、霧島義明(訳)、創元社・2019年2月発行
2020年8月10日読了
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クロイドン発12時30分【新訳版】 (創元推理文庫)
F・W・クロフツ
東京創元社
2019-02-20