英国出身の3人の男に焦点があてられる。まず、エリック・クローグ。実業界の成功者にして、いまや欧州一番の金持ちとの誉れ高い実業家だが、彼の孤独を知る者はこの世にいない。アントニー・ファラントは英領アジアと数々の会社を転々としながら、姉の伝手でクローグの会社に入社した三十男だ。20年も寒冷の地に腰を据える有閑階級出身の雇われ新聞記者は、ファーディナンド・ミンティーである。本作は彼らがストックホルムで邂逅し絡み合う日々を、突き放しつつも流れるような筆致で描き出す長編だ。
・姉の情人から仕事をもらう屈辱。だが、その情人=企業帝国の支配者にして欧州各国に資金を融通する実力者ともなったクローグの、孤独と趣味のなさを看破したアントニーは、オペラの途中で雇い主を外へ連れ出し、歓楽街の楽しさと追われるゲームの楽しさを教えるのである。束の間に芽生えた友情も悪くはないものだ。
・そのクローグは超一流のビジネスマンではあるが、もとは工員であり、英国の下層階級出身者でもある。音楽的・文学的教養を欠いた哀しみが作品の随所でみられる。人生はかくも難しい。
・そしてアントニーの実姉であるケートも、英国の伝統社会の束縛と無表情な現代社会のはざまに苦悩するひとりである。抑えきれない熱情が、ラスト近くになって破裂する印象は強烈だ。
・首都のグランド・ホテルと華やかなダンス音楽(p130)は、1920年代を感じさせてくれる。
・異国の中の故郷(p181)。そう、外国日本を感じる瞬間からわかる気がする。その一方で「しかし国民意識なんてもうおしまい。……絶対に世界が相手よ」(p178)は真理だ。
・1920年代の欧州では、人々はガラス張りのエレベータでビル内を上下移動し、道路はアスファルトで舗装され(p136)、電気機関車が貨物車両を引き、電気ストーブが居間を温めていたんだな。旅客機の描写(p210~)も興味深い。
順風満帆な企業帝国にちらつく不況と不正経理の影。それは1920年代末の大恐慌となって企業帝国を急襲するであろう。そしてクローグ氏の運命も、実在したスウェーデンのマッチ王、クリューゲル氏のたどった道をなぞるのであろうか。
「はげしく移り変わる世界の残りかす」(p236)
すべてが霧の中。結局はすべてが闇の中。これが企業帝国の摂理であり宿命か。
ENGLAND MADE ME
グレアム・グリーン全集4
英国が私をつくった
著者:Graham Greene、野崎考(訳)、早川書房・1981年5月発行
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