護国卿クロムウェル。この、王になり切れなかった新教徒はジェントリから身を起こし、国王に与する議員を強制追放するなどして議会を掌握し、王権神授説の支配する近世欧州で禁忌とされる国王の処刑を敢行した。そして欧州中を敵に回しながらもスコットランドとアイルランドを武力で鎮圧しイングランドの支配下に置いた、いわば英国史上の「悪党」にして「英雄」である。
本書は、英国史を彩る「7人の悪党」をピックアップし、その時代の俯瞰を試みる一冊となっている。
・名誉革命の立役者、ウィリアム三世。第三章に示された彼の経歴からは、名誉革命のみならず、オランダ総督、イングランド国王、スコットランド国王、アイルランド国王として欧州各国と同盟し、ルイ14世の野望を挫いただけでなく、確固たる財政基盤を持つ軍事国家としてイギリスを大国にのし上げた功績はあまりにも大きい。その偉大な業績を持つ彼も「オランダ人」として常に国民にさげすまれ、死後急速に忘却されてゆく様は、哀しいものがある。それにして「島国根性」と「集団安全保障」に関する記述は、まるで現代日本のことではないか(p118)。
・パーマストン。あのメッテルニヒから「悪魔の子供」と言われ、ヴィィクトリア女王にも忌み嫌われた、英国黄金時代の外相、首相である。彼は「世論」と「新聞」を駆使しつつ、LiberalismとNationalismの風潮をかぎ取ったConference Diplomacyを主導し、Pax Britanica時代を築き上げた功労者である。ローマ市民演説(p188)はその最たるものと言えよう。ただし中国・日本・インドには容赦なく、Imperialismを萌芽させた人物でもあり、アジア人にとっては確かに「悪党」だったといえよう。
・『一人の人間の存在が歴史を大きく変えうる』(p282)こと。すなわち『チャーチル・ファクター』とは現役の英国首相、ボリス・ジョンソンの言葉である。まさにチャーチルがいなければ世界史は異なる様相を見せていたであろう(おそらく大日本帝国も存続し続けていた)。その彼も第二次世界大戦前は孤立し、対独融和ムードの中で悪辣な言葉を投げられる存在だったのか。また「サミット(頂上会談)」が彼による造語だったとは知らなかった(p271)。

「臣なき国王」クロムウェルの最期は病死とあっけなく、その死後は「悪党」とされ、遺体を掘り返されて議会の尖塔に吊るしさらされるなど、きわめて悲惨なものだ。だがチャーチルが国王の反対を押し切って戦艦に「クロムウェル」と命名するなど、彼が英国史に記憶される「英雄」であることは疑いない。パーマストンも皆に嫌われた一匹オオカミながら、70歳を超えて砲艦外交(すべてを見渡す目と強力な腕:p188)により、確かに英国を栄光の座へと導いた「英雄」であった。チャーチルについては言うまでもない。
チャーチルの章で著者が述べる「全人類的な平和の構築という考え方を生み出す素地」(p284)としての大英帝国には、僕も賛意を表する。
人物を基軸に時代を俯瞰すると、歴史はここまで面白くなる。グローバル・ヒストリーと絡ませればさらに興味深くなると思う。

悪党たちの大英帝国
著者:君塚直隆、新潮社・2020年8月発行
2020年11月7日読了
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悪党たちの大英帝国(新潮選書)
君塚直隆
新潮社
2020-08-26