20世紀が生んだ人類史上稀にみる巨人、大英帝国そのものを体現するはウィンストン・チャーチルだ。本書は、幼き頃から彼に心酔した一政治家が「チャーチルの生涯」と、その「チャーチル的なる人間の資質」を論ずる一冊となっている。
確かに、1940年5月のイギリス政治の場に彼がいなければ、歴史は著しく変わっていただろう。ファシズムが欧州を席巻し、こんにちのEUや自由市場は存在せず、アメリカは「帝国」として我が道をゆき、大日本帝国はもっと悲惨な形で瓦解していたかもしれない。
・1940年5月の戦時特別内閣。ドイツ宥和主義者の波の中で、筆頭大臣チャーチル一人が気炎を吐く。ヒトラーとの和解はイギリスの伝統、すなわち自由と民主主義を破壊に導くと。若き時分から鍛錬した演説と人心掌握の才能が、拡大内閣のメンバーに感激をもたらし、あの名演説「血、労力、涙と汗」から「バトル・オブ・ブリテン」へとつながるのか。それにしても「一人の決断」の重みよ。ドイツ空軍の爆撃にさらされた無辜のロンドン市民の死者、実に3万人。それでも彼は闘いを選んだのだ。
・第一次世界大戦では自ら塹壕に身を潜ませ、兵士とともに銃弾に身をさらす。政治の場に戻ってからは人類史上初の戦闘装甲車(機密漏れを防ぐため船上への給水車=ウォーター・タンクと命名された。それが「タンク」となって今に残る)のコンセプトを発明して開発を指揮し、航空戦闘機と空軍を創設した。それがチャーチルだったとは!
・名門貴族の家柄に生を受けるも、閣僚だった父親の愛情に恵まれず、大学へも進学できず陸軍士官となり、戦場ジャーナリズムの分野で才能を発揮した若き日々。政治家に転身してはロイド・ジョージとともに、こんにちの社会保障制度の基礎を提案、いちはやく実現した実績を持つ。30台で入閣。悪名高いガリポリ戦役では海相として責任を取ることとなる。華々しい半生と数々の失敗を携え、1940年5月の「人生最高の瞬間」、首相への就任を迎えるのだ。
・彼が帝国主義者であったことは誰でも知っている。だが(ガンジーへの悪口は別として)「開明的な帝国主義」とでも呼ぼうか、本書によるとイギリス人としての彼の使命感が伝わってくる。そこがナイジェリアで暴君として残虐行為を働いたルガード夫妻などと異なる彼の資質でもある。
・「ほかの多くが見て見ぬふりをしていた邪悪さ」(p46)に真正面から向き合う勇気。「自分自身と自分の理想に賭け、大博打を打つ意志」(p82)、「KBO」(Keep Buggering On 死に物狂いでやれ p269)、そして「必要なことは何でもやる」(p332)。これらがチャーチルの原動力なのだな。
・その生涯でシェイクスピアとディケンズを合わせたよりも長い文章を残し、晩年にはノーベル文学賞を受賞した。その文才はあのミズーリ州フルトンの「鉄のカーテン」演説にも発揮された。驚いたことにスピーチライターを起用せず、鉄道の車内で何度も推敲した手書き原稿を「記憶」し、その演説で聴衆に感動をもたらしたという。今度『第二次世界大戦』全4冊をを読んでみよう。

まず大英帝国、英語圏、そしてヨーロッパ。イギリスはヨーロッパの一部ではあるが、それがすべてではない。このことはチャーチルの残した数々の言葉から垣間見えるし、著者、すなわち現イギリス首相、ボリス・ジョンソン氏のゆるぎない信念でもあるだろう。「ヨーロッパを超越したイギリスという世界観」(p422)がEU脱退を正当化する、ということか。

結局、チャーチル的なる人間の資質とはなんだろう。およそ人類にとって良い方向に「一人の人間の存在が歴史を大きく変え得る」(p15)ことか。それだけではないだろう。言葉にできないシンパシー、それを文章の端々に感じ取って本書を閉じることにした。よし、チャーチルのエネルギーにあやかって前を向いてゆこう。

THE CHURCHILL FACTOR, How One Man Made History
チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力
著者:BORIS JOHNSON、石塚雅彦、小林恭子(訳)、プレジデント社・2016年4月発行
2020年12月11日読了
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チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力
ボリス・ジョンソン
プレジデント社
2016-04-27