ニューヨークの山中商会で実績を積み、渋沢栄一と大倉喜八郎によって日本人初の帝国ホテル支配人を任された林愛作、スキャンダルにまみれながらも、林によって米国から招へいされたフランク・ロイド・ライト、林に案内されてホテルを見学し、やがてライトの助手となる遠藤新(あらた)、林タカ、遠藤都、名もなき職人たち。建築に丸4年、構想から実に12年。世界に誇れる"最新の迎賓館"を実現するための男女の熱い思いが交錯し、衝突し、溶解する。地位を失った者、家族を失った者、完成を待つことなく日本を去った者、それぞれの人生を手繰り寄せながら、物語は綴られる。
・日本人の目には西洋的に映り、西洋人の目には日本的に感じられる、世界のどこにもないホテル(p155)。それがシカゴ万国博覧会でロイドが目にした数枚の日本家屋の絵画に起因しているとは、誰が知るだろう。
・美術品の価値。英語の重要さ(p30,48)。これらは昔も現代も変わらないのだな。
・イギリス皇太子訪日時の火災に、ライト館オープン当日の関東大震災。それらを乗り越えて「帝国ホテルに泊まるために日本を訪れるというブーム」(p308)が引き起こされたことは、生命を賭した関係者にとって最大の弔いとなったことだろう。

「覚悟」と「徹底」。ライト館の建築を言葉で表現すると、こう言えるだろうか。いまや明治村の顔ともなった帝国ホテル旧本館・中央玄関部。フランク・ロイド・ライトの精神が宿った傑作だが、当時の経営者の評判は意想外に低かったのだと本書で知った。情熱の前に立ちはだかる納期とコスト、そして世相の壁。否、それらを曲がりなりにも乗り越えたからこそ「仕事」が永遠に残されたのだといえよう。

The Imperial Hotel Building Story
帝国ホテル建築物語
著者:植松三十里、PHP研究所・2019年4月発行
2020年12月14日読了
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帝国ホテル建築物語
植松三十里
PHP研究所
2019-04-10