20世紀を代表するモダニズム文学。1904年6月16日のダブリンにおける3人の人物を中心に、あまたの人物の生々しいの思考と行動が描かれる。自由気ままなようでいて、その実、計算しつくされた物語構成には脱帽だ。
しかし僕もそうだが、イギリス史とアイルランド史、それにギリシア文学に詳しくないと本作の理解が進まないという難解で困った作品でもある。だが全ページにあふれ出る言葉のマジックは、読んでいて心地良いものがある。また、ボーア戦争(多くのダブリン市民が反イギリスの旗幟を鮮明にした)の影を引きずっているのが興味深い。
・若き文学志望の教員スティーブン・ディーダラス(著者の生き写し)、それに新聞社の営業マンでユダヤ人のブルーム氏が近代化されたダブリンを歩き、論戦を交わし、飲んで食して女を見て、出産に立ち会い、娼婦街で幻想に溺れ、深夜に自宅へ戻る。
・9章『スキュレとカリュブディス』でシェイクスピアの『ハムレット』論を熱く語るスティーブンが良い感じ。プラトンとアリストテレスを対決させる場面も白熱している。
・若い女性視点の13章『ナウシカア』は小説文体で読みやすく、自分をとてつもなく美化した内容もとてもおもしろい。海岸で3人の若い女性をじっとみつめる喪服の中年男性(ブルーム氏)は変人にしか見えないし、「石鹸」には笑わせてもらった(Ⅱ、13章p297)。
・14章は原文の多用な文体に呼応して、祝詞、古事記、源氏物語、平家物語、井原西鶴、キリシタン文学、夏目漱石、菊池寛、谷崎潤一郎の文体をもって翻訳されている。なかなか骨が折れるが、興味深い読書を体験できた。
・16章は回りくどい文体だが、実は慣れ親しんだ形式でもあり、17章は一問一答形式。これらこそ、本作の面白さが収れんされた章だと思う。
・「水の属性」(17章、Ⅲp324)、「月と女性との間の特別な親近性」(17章、Ⅲp384)には圧倒された。
・「歴史というのは……ぼくがなんとか目を覚ましたいと思っている悪夢なんです」(2章、Ⅰp87)「男を倒すための毒の花束」(5章、Ⅰp196)「言葉と身振りの優雅な気品に、血が説き伏せられたのだ」(Ⅰ、7章p341)「重量でも大きさでも、闇よりずっと黒いものなんだ」(8章、Ⅰp438)「芸術が明かさねばならないのは理念だ。形のない精神の本質だ。芸術作品の最高の問題は……」(Ⅰp450)「大道を通る人は少ない。だが、大都に通じるのはその道だ」(9章、Ⅰp474)「人生、愛、ささやかな自分の世界をめぐる航海」(13章、Ⅱp300)
・「悪魔と深い海」(9章、Ⅰp456)って、そういう意味なんだな。
・18章は深夜2時30分、ベッド上のブルーム夫人の生々しい思考が、読点も句点もなしの豪雨的文章となって読者に振りかかる。これを文学として定義したのも本作の凄みだ。
・最終巻の解説が興味深い。なるほど、ヨーロッパに対するアイルランドとにおhンの立ち位置は似ているな。

17章最後の「・」の解釈によって、なるほど、物語は異なる姿を見せるのか。
正直、読んでいて疲れる章もあった(15章)。だが「自分自身に出会うのを避けて世界の果てまで行った者」(15章、Ⅱp568)には考えさせられた。「お前は、望み、欲し、待つだけで何もしない連中とは違う」(14章、Ⅱp393)。そうだ、少しは魅力的に生きる努力をしようと思う。

Ulisses
ユリシーズ(全3巻)
著者:James Joyce、丸谷才一・永川玲二・高松雄一(訳)、集英社・1996年6月発行
2021年1月23日読了
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