吹奏楽部を引退し、進学先も決まり、特にやることのない毎日を送る高校三年の三学期。何気ない日常からこぼれおちた感情が、ちょっとしたドラマを惹き起こす……。
『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話』(2018年)一章と一三章がスケールアップしたような、中川夏樹メインのスピンオフ。3年生キャラが活き活きと動くさまを楽しみ、一方で武田綾乃さんの繊細な、実に繊細な心情表現と情景描写に何度も唸らされ、実に心地良い読書体験を味わうことができた。

『傘木希美はツキがない。』 希美の後ろ姿、揺れるポニーテール。思えば3年前の体育の授業での邂逅から、自分はずっと、この後ろ姿に憧れていたのかもしれない。第一話では、希美が吹奏楽部を去るエピソードが丹念に描かれるとともに「エレキギター」がクローズアップされる。
・「信じてた」「それでも信じてた。うちならどうにかできるって」。この希美の重いセリフを笑顔に変えることが、その瞬間の夏樹の望みだったのなら、なるほど、それは罪だ(p91)。そして希美が去っていった1年生の夏……。
・夏樹と優子の掛け合いはまだまだ健在。「確か、アンコールワット的な……」(p24)「直情型だと思っていたが、頭を使うこともできるらしい」(p64)には笑わせてもらいました。
・1年の時に吹奏楽部を退部し、インストジャズバンドを結成し活動している新キャラ、若井菫も魅力的だ。

『鎧塚みぞれは視野が狭い。』 古風な喫茶店での、みぞれの音大合格祝いから始まる第二話。恋人ほしいか?トークに、みぞれの暴力的な無垢が炸裂する(p134)。それにしても優子、君は本当におもしろい子だな……。
・夏樹が副部長に推された理由。希美の立ち位置。そして田中あすかの恐ろしさよ……。
・ひらかたパークでのアトラクションを楽しむ4人組。みぞれの「フリーフォール」発言と3人の硬直にはニヤリとさせられた(p168)。そして「彼女はためらいなく空へと飛びこむ」(p188)のだ。

『吉川優子は天邪鬼。』 演奏会に向けての練習にも熱が入る第三話。髪を下した夏樹(p217)が新鮮だ。
・個人的には、神戸ルミナリエ(p208)が取り上げられたことに感謝!
・照明を落とした自室で、電飾LEDの青色に照らされながら、優子の言葉に瞳を潤ませる夏樹(p289)。彼女にとって最高にうれしい言葉だろう!
・そしてライブがはじまった。夏樹と優子のツインギターには感無量!

『記憶のイルミネーション』。希美の視点で綴られる初回限定特別短編。
夕暮れのメリーゴーラウンド。夏樹との何気ない思い出話の中に、希美の寂しさが垣間みえる。大学生になった彼女に新しいステージの花開かんことを祈ります。

「誰かに頼りにされていた自分は、本当の自分が必死に背伸びした姿だ」(p14)。それが成長だと気づくとき、少しだけ大人になった自分がそこにいる。夏樹、優子、みぞれ、希美。時が過ぎても4人の関係はこれからも続く、そんな予感を確信して書を閉じた。
3月発売のドラマCDも楽しみ。武田綾乃先生の次回作にも期待しています。

飛び立つ君の背を見上げる
著者:武田綾乃、宝島社・2021年2月発行
2021年2月14日読了
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