植民地人はみなイギリス人である。これが幻想であることに最初に気づいたアメリカ独立派の反抗活動は、まさに彼らがイギリス人と同じ価値を有するがゆえに、イギリス人と同じ権利を必要とするがゆえに起こされたものだった。「第一章 アメリカ喪失」「第二章 連合王国と帝国再編」では、北米13植民地と西インド諸島を中心とする第一次帝国が瓦解し、インド・東アジア世界を含む第二次帝国へと変遷する様相が描かれる。
・ボストン茶会事件の欺瞞:インディオや黒人に変装した白人による犯行には義憤すらおぼえる。
・放任してきたアメリカを喪失した後、インド統治法、カナダ統治法、アイルランド合同法を成立させて現地社会への介入を示したイギリスは、一方で「帝国の中心が周縁を支配するには限界がある」(p56)ことも知った。これが帝国各地への間接統治につながるのだ。
・それにしてもアイルランドは悲惨。じゃがいも飢饉で土地を追われる姿は、まさに植民地人の悲劇(p103)。イングランドによる過酷な統治の記憶は永遠に残るだろうな。今度『風と共に去りぬ』を観てみよう。

「第三章 移民たちの帝国」では連合王国の植民地、アイルランドからアメリカ大陸、オーストラリアへ移民せざるを得ない人々の様相、”帝国の長女”カナダの非常な移民受け入れ政策、そして貧民対策、社会の安全弁としての移民政策の実態が浮き彫りにされる。そうか、大規模な移民政策のおかげで、近代の暴力革命が抑制されたとも言えるのか。

「第四章 奴隷を開放する帝国」では、帝国の拡大ともに大西洋三角貿易=奴隷貿易を推進したイギリスが、なぜ奴隷制度廃止を決議するに至ったかが解説される。トマス・ジェファーソンはじめ、アメリカ独立の指導者がみな奴隷所有者だったことも思い返そう(p107)。
・ブリストルとリヴァプール。18世紀の黒い積み荷、総数1200万人とされるアフリカ人奴隷の売買で莫大な富を蓄積した街では全体を上げて、過去の「人道に反する罪」への償いに未来志向を反映しようとしている。「和解のプロセス、そして行動を起こすこと。一時のごまかしではなく。勇気をもって歴史の痛みと向き合い、変わること」(p173)なるほど、イギリスには真の自浄能力が備わっている。このあたりが、大日本帝国の負の遺産に蓋をし続けるわが日本との大きな差異だな。
・1820年代の奴隷制度廃止協会の活動が、その後の女性参政権運動など、女性の諸権利を意識した活動につながるのが興味深い(p165)。

「第五章 モノの帝国」。イギリスといえば紅茶だが、それがどのようにして国民的飲料になるに至ったか。コーヒーが家庭外・男性限定なのに対し、家庭的・男女同権な紅茶の普及過程は興味深い。いっぽうで茶生産のための労働力移動は、21世紀まで続くスリランカの内戦を生み出すなど、帝国的な政策の影響は無視しえないものがある。

「第六章 女王陛下の大英帝国」。ヴィクトリア女王を「慈悲深い帝国の母」とする国民的視点が、実は1877年~1897年にかけて作られた伝統であることが明らかにされ、そのイメージ戦略の巧妙さが解説される。

「第七章 帝国は楽し」。ジンゴイズムという新語を作り出したのは、全盛期のミュージックホール(のちのヴァラエティ・シアター)だ。商人や会社事務員、労働者が夜な夜な集い、歌と酒を介して”わが帝国”をイメージするは、さぞ楽しかっただろう。そう、帝国への関心は、あくまでも想像でしかなかったのだ。

「第八章 女たちの大英帝国」。セシル・ローズにしろ、フローラ・ショウにしろ、イギリス国内の貧困を解決するための帝国主義、その拡大に異議を見出したのは、決して誤りとは言い切れないことがわかる。

「第九章 準備された衰退」「第十章 帝国の遺産」。大英帝国にとっての宿痾、それがボーア戦争であり、ボーア人民間人への非人道的な行為は、いまなお許されない。それはイラク戦争時のアブグレイブ刑務所における捕虜虐待と相まって、帝国主義への非難の先鋒となる。

本書は様々な視点から、帝国の拡大というイメージと実態を通じてイギリス人が自己像をいかに形成、変化させてきたかを問う。ひいては同じく帝国を経験した日本も「過去を超えて」いかように自己を規定するのか。せめて小さな自分のイメージを自省することからはじめたい。

興亡の世界史16
大英帝国という経験 
著者:井野瀬久美惠、講談社・2007年4月発行
2021年3月20日読了
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大英帝国という経験 (興亡の世界史)
井野瀬 久美惠
講談社
2007-04-18