1851年ロンドン万博行きトーマス・クック社の「パック旅行」から東京ディズニーランドまで、古今東西の観光旅行事情を著者の実体験と絡めて楽しく解説する良書。斎藤茂吉、田山花袋、森鴎外、夏目漱石、アガサ・クリスティ、コナン・ドイルらの人物、作品らも引用され、興味深い一冊となっている。
・大洋を横断するオーシャン・ラインにしろ、オリエント急行にしろ、現代の航空旅行では得られない優雅さとロマンへの愛着(p74)が確かに存在したんだな。
・「鴎外『オリエント急行』に乗る」の章。1887年の赤十字総会での、いまだ人種差別をぬぐえない欧米諸国に対する森林太郎の言動は特筆ものだろう(p84)。そんな彼の色恋沙汰も愛嬌か。『独逸日記』を読みたくなってきたぞ。
・イギリスでは産業革命が、日清・日露戦争に勝利した日本では軽工業の発展が中産階級の輩出をもたらし、それがレジャーを普及させ、観光業を促進させたのか。
・個人的には、日本初の世界一周旅行の章を興味深く読めた(『九十日間世界一周』)。神戸では数十本の幟が風にはためき、オリエンタルホテルの用楽隊が景気をあおるお祭り騒ぎ(p202)。サンフランシスコでは9階建て、客室数512の巨大ホテルに委縮した一行も、2か月後の欧州では、言葉を話せなくともホテルを飛び出し、買い物や公園に出かけ、電車に飛び乗る、と勇壮だ。なるほど、まだ高根の花だったにせよ、ジュール・ベルヌの時代からわずか半年で、世界旅行は一般人のものとなったのだな。それにしても参加者全員がルーズベルト大統領に謁見できたのはすごい。

他にも『巌窟王』とマルセイユ、『金色夜叉』と熱海、『ナシルに死す』とアスワン、『八十日間世界一周』と横浜など、興味深い記述が満載。楽しい読書を体験できた。

観光の文化史
著者:中川浩一、筑摩書房・1985年7月発行
2021年3月26日読了
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観光の文化史
中川 浩一
筑摩書房
1985-07T