明治の大卒インテリ主人公と学問無き妻の不仲は生活に暗い影を落とす。そこへかつて主人公の養父だった男が訪ねてくるようになり……。
漱石自身の複雑な生い立ちを追体験し、その心のうちを垣間見ることで、留学体験と合わさっての作品世界の成り立ちを知ることとなろう。
・「いつも親しみがたい不愛想な変人」(六十九章)と自覚する主人公。ロンドンから戻って東京の教壇に立ち、青年への講義に終われる毎日。それでも一家四人の暮らしは楽にならず、細君の質屋通いは今日も続く。インテリ先生でも、こんな暮らしを強いられていたとは意外だ。
・かつての養父に金を無心され、最初に少額を渡したのがいけなかった。この養父と養母、細君の父と義理の兄。金策に汲々とするは世知辛い世の中か。
・神経衰弱男とヒステリー女。不仲の夫婦と言えど長年連れ添えば情も湧く。明治時代の堅物男の口にすることのない、最大限の愛情のカタチが随所に現れるのは愛嬌だ。
・「執念深かろうが、男らしくなかろうが、事実は事実だよ」(百章)
・世の中に片付くものはほとんどない。一度起こったことはいつまでも続く。ただ色々な形に変わるから他人にも自分にもわからなくなるだけのこと、か(百二章)。

『虞美人草』『三四郎』『こころ』に比べれば物語の起伏には欠けるが、漱石の心情が垣間見える作品といえよう。そして過去を振り返る人生ではなく、常に前を見て生きたいと強く自覚させられた。
時を置いてまた読んでみよう。

漱石全集第十巻
道草
著者:夏目金之助、岩波書店・1994年10月発行
2021年8月19日読了
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道草 (新潮文庫)
漱石, 夏目
新潮社
1951-11-30