ヴィクトリア朝時代後期、ロンドン西郊チェルシー地区の一画。主にミドルクラスが居住する界隈のテラス・ハウスに住まうは個性際立つ女主人だ。彼女、30代半ばの元子爵夫人にして本作の主人公、ヴィクトリア・アメリ・シーモアはアメリカ南部出身。相思相愛の老子爵と世界中を旅し、結婚し、夫亡きあとロンドンに居を定めたのはわずか3年前のこと。彼女を取り囲むは、アイルランド人の執事にフランス人のレディ・メイド。そしてインド人フットマンに中国人料理人。果てはアメリカ黒人のキッチン・メイドまでもが、テラス・ハウス5軒分をぶち抜いて改造した大邸宅に住まう。社交界には顔を見せず、邸宅に引きこもっては各種相談ごとを請け負う元子爵夫人=ヴィタの姿は、守旧派の"貞淑な淑女"から見れば「とんでもない女」に映るだろう。
1885年、大英帝国最盛期の首都を舞台に個性豊かな登場人物たちによって繰り広げられる冒険譚は、とても興味深く読み進めることができた。
・まるでコ・イ・ヌールを彷彿させるダイヤモンドを冠した宝石の紛失事件に、フランス・リヨン出身の新米詩人が引き起こした幽霊女への恋慕騒ぎ、そしてヴィタ自身に迫る危機。盛りだくさんの内容がさくさくと進んでゆく。
・恐ろしきは女の執念。先代シーモア子爵夫人より受け継がれた恨みの念は、シーモア子爵未亡人となった若きヴィタを容赦なく襲う。
・先代子爵、すなわちヴィタの夫であった老人の飽くことなき好奇心とエネルギー。僕も老いてもこうありたいな。

最終章のラストで語られる言葉、「それは人間に与えられたもっとも素晴らしい本能です」(p274)こそ素晴らしい。
本シリーズは第五作まで刊行されている。続編にも期待だな。

LADY VICTORIA : THE WITCHES OF ANCHOR WALK
レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち
著者:篠田真由美、講談社・2016年2月発行