西村天囚(てんしゅう)。彼は種子島西之表出身の大阪朝日新聞記者であり、かの『天声人語』の命名者にして主筆格。そして東京帝國大学の博士号を持つ漢文学者でもある。本書は、彼が主催者側として参加した1910年(明治43年)の欧米諸都市をめぐる第二回「世界一周会」の104日間の旅の記録を、中国思想史が専門の著者(阪大大学院教授)が、刊行された旅行記のみならず、西村直筆の旅行手帖と生家に残る2,000点もの資料を十二分に解読して活用した第一級の研究書となっている。
・神戸、横浜を出港してハワイ、サンフランシスコを訪問。大陸横断鉄道に乗ってシカゴとナイアガラの滝を見る。ボストンでは「知」に感動し、ニューヨークの摩天楼、フィラデルフィアの独立の精神を見分し、ワシントンD.C.ではタフト大統領と会見す。大西洋を渡るとロンドンに長期間滞在し、シェパードブッシュで開催中の「日英博覧会」をはじめとするイベント、博物館、名所旧跡を存分に見て聞いて、文明の本質とは何たるかを再考する。パリではその芳香とルーブル美術館に打ち震え、ジェノヴァ、ローマ、ナポリ、ヴェニス、ミラノで古代文明の偉大さとその残滓の寂寞さを知る。スイスの絶景を堪能し、ベルリンの新興国の首都の勢いを肌身で感じ取る。革命前夜のサンクトペテルブルグ、すでに親日となったモスクワを見聞し、ヨーロッパとアジアを直結するシベリア鉄道の人となり、無事に敦賀の港へ戻ってきた。実に104日間の旅程である。朝日新聞社の「日本人団体の世界旅行」の依頼を受け、交通機関とホテルの手配・値引き交渉のみならず、「大使、公使などの外交官」を動かして各国の税関をほぼフリーパスにするなど、英国の老舗トーマス・クック社の企画・実行力には驚嘆する。しかもツアーガイドはたった一人。それだけに同社が世の趨勢(ネット化)に追従できず、1997年に倒産したのが残念でならない。(僕もニューデリー空港での両替で店を利用したのだ。)
・明治の初めに岩倉具視らが決死の覚悟で赴いた欧州の悲壮な旅とは異なり、民間新聞社が企画した団体旅行に民間人が多数参加することの意義。40年を経たとはいえ、やはり当時の「海外渡航者」は強い使命感を有していたことが本書を読んで理解できた。
・その一人当たり旅行代金は、現在の価値に換算して700~1,200万円。参加者は総勢57人だが、企業経営者が目立つのもしかたがないか。
・アメリカ建国の地、フィラデルフィアでは「人智は日に月に新たにしてとどまる所を知らない。……独立自由の精神は満ち満ちてこの」独立記念館から溢れていると感慨を抱く(p105)。分かる気がする。またワシントンD.C.では貴族院議員・徳川公爵が上下両院を訪問したことに触れ、その紳士然とした態度が感銘を持って迎えられ、当時下院で威勢を振るっていた「日米戦争」論なるものが氷解するであろうことを期待のうちに記している(p108)。
・ニューヨークではカーネギー、ロックフェラー、モルガンら大富豪の邸宅を目にするも、想像を超えない造りから「彼らは天下を家とし、旅行遊覧を楽しむ」との言葉を残している(p338)。
・ロンドンではアメリカと大きく異なる「街の礼儀正しさ」に感銘を受ける。お国柄の違い。そして朝日新聞の同僚である長谷川如是閑(僕の愛読書『倫敦!倫敦?』の著者)と合流して日英博覧会の会場へ赴くしだいだが、大日本帝國が見せたい「国力」などではなく、イギリス人が興味を示したのは、もっぱら「心の中に抱く日本」「小さく美しい東洋のくに」のイメージであった。如是閑は嘆くが、已むを得まい。
・大英博物館では、まずその蔵書数(400万冊)に圧倒され、同時に500人が自由に閲覧できる体制に感銘を受ける。ギリシア、ローマの大理石裸像に抱く印象は、まぁ時代相応のものか(p145)。
・ローマ帝国の残滓が多く残されたイタリアの記述が多い。アメリカで日々新たなる文明を、イギリス、フランスに先進文明を見た「会員は、ついにその淵源にさかのぼってローマの遺跡を訪問し、古今盛衰の跡をしっかりと見なければならない」と、その意識と意気込みは実に高い(p185)。そして「(栄華を誇る人々が)指さし笑う野蛮のために(文明は)打ち破られる」「文明の極みは衰弱」であるとして、天囚の文明衰亡論が展開される(p188)。仏教と旧教の比較も面白い(p194)。『欧米遊覧記』は単なる紀行文ではないのだな。
・旅行を終えて敦賀港に帰着した天囚は「地球は果たして円き物なりけり」との言葉を残している(p385)。中国の古典を尊重しながら、西洋近代文明に謙虚に接し、日本の良さを再発見(p398)した104日間の旅。その価値はなるほど、計り知れないな。
・儒教経典によると「観光」は、他国の優れた点や文物制度をよく見る、というのがの原義だそう(p491)。そして現代に求められるは「民間団体による草の根交流」(p448)とある。同感です!

まるでVRの感覚。西村天囚の自由自在な筆と相まって、まるで本書を読む僕自身が乗船し、また旅行地に立っているかのような臨場感を味わえた。
また、天囚の紀行文には難解な漢文が多々散りばめられているが、これを当時の新聞読者は苦も無く理解できたという事実が衝撃的だ。思えば漱石の小説作品等もそうだし、当時を生きる日本人には漢文は基礎教養だったことが偲ばれる。これからのG2世界を生きるに際し、漢文は教養が必要になるかもしれない。「読書百遍、義自ら見る」(p392)か。

世界は縮まれり 西村天囚『欧米遊覧記』を読む
著者:湯浅邦弘、KADOKAWA・2022年2月発行