H・G・ウェルズといえばSF小説の大家だが、本国イギリスでは別の側面、すなわちヴィクトリア朝時代の社会派小説家としてもよく知られている(新井潤美「英国紳士の生態学 ことばから暮らしまで」より)。本書はロウワー・ミドル・クラスの中年男の決断とその行く末を、著者自身の出自と体験を十二分に活かして世に問うた意欲作である。
誕生の時は王侯貴族の扱いを受けた主人公も「クソ餓鬼」の年齢になると十分な教育も受けられずに社会へと放り出され、失業と再就職の苦難に直面しながらも労働の日々を送り、人なみに失恋し、やがて従妹の一人と結婚する。だが新居での結婚生活に初日から夢破れ、父親の遺産を元手に始めた商売もうまくゆかず、35歳のポリー氏は今日も消化不良に苦しんでいる。いよいよ借金が払えなくなる日が迫り、十分な保険金が妻の懐に入るよう入念に準備し、自宅兼店舗での放火自殺を決行するポリー氏。火を付けたは良いが、近隣の年老いた女性の身を思い、商店街を嘗めつくす劫火の中で彼女を助けると、一躍「街の英雄」となるのであったが……。
結局、ポリー氏は妻もこれまでの人生も捨て去り、一介の浮浪人となって村や町をさすらう第二の人生を選択した。ふと立ち寄った「ポットウェル・イン」でぽっちゃりした初老の女将と親密となり住み着き、帰ってきた彼女のヤクザ者の甥との死闘を経て5年の後、放火した自宅兼店舗のあった街に戻る。残してきた妻との再会と永遠の宣告。そして「ポットウェル・イン」の夕暮れの川岸で、人生についての一つの悟りを開くのであった。
・「帝国の誇りが必要とする最良の人間」(p12)。この定義に完璧に当てはまる人間はどれほど存在するのか。「急速に複雑化する社会」と「中産階級の下の大部分」に関する著者の考察は厳しい。そしてポリー氏のような人物は「社会の複雑さに釣り合う、集合的知性と秩序への集合的意志を育て損なった社会に多数存在する不適合者の一人」であるのだ(p53、p156)。
・「この世には、断固たる行動で変えられない状況というものはない」(p203)「人は、自分にふさわしい美を探して発見し、それに奉仕し、それを勝ち取って増やし、そのために闘い、死ぬ行く目がまだそれに向けられている限り、死を恐れずに何事にも直面し、何事にも立ち向かうべく、この世に生まれてくるのだ」(p231)「ポットウェル・イン」で、ある決断を迫られたポリー氏の、これは自身を鼓舞するであろう言葉が印象に残った。これまで自分に自信が持てず、逃げ隠れの連続であったポリー氏の人生に転機が訪れる瞬間である。
・静かなラストシーンが良い。「……歌が歌いたいんだ。自分は夕焼けのために生きていると思う時があるんだ」「僕は一種の透明な感情だろうな。穏やかで、暖かい……」(p270)

生まれと境遇、社会的地位、幸せのかたち。哀しいことだが、努力によっても変えられないものが人生には確かにある。あがき、嘆き、苦しみぬいた上でのポリー氏35歳の決断は、本書を手にした者の形を変えての理想、あるいは新たな苦しみでもあるのか。

THE HISTORY OF MR POLLY
ポリー氏の人生
著者:Herbert George Wells、高儀進(訳)、白水社・2020年2月発行
2022年4月21日読了
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