明治から昭和一桁期にかけて単身渡米し、下積み人生、あるいは博打的人生からはじめてほとんどアメリカ人になりきった日本人、彼らを総じて『めりけんじゃっぷ』と谷譲二は呼称する。本書は、彼らの波乱万丈の人生を著者自らの5年間の放浪の軌跡を交えて上奏したユーモアあふれる数々の作品からセレクトした、いわば『ジョウヂ・タニイの傑作篇』である。
・前書きが『放浪記』ならぬ『方々記』ときた。Hoboとはアメリカ俗語。一文無しであちこち浮浪して歩く人間のことをいうらしい。そして「放浪常習人(ボヘミアン)の心意気」(p7)には、思わずニヤリとさせられた。
・『テキサス無宿』。著者は従業員の半数以上が日本人、それも大学卒業者かアメリカの大学に在籍中の若者が占めるとある街のレストランで皿洗い見習いとして日銭を稼ぐ。日本にへばりつく学生の弱さを嘆き、鼓舞し、多少の「無茶とその気取り=博打的人生」を真面目に奨めるくだりが良い。で、このレストラン。夜には本物の(闇の)博打会場へと変貌するのだが、そこでのやりとりは熱く、ある意味アメリカ的といえる。明日にもニューヨークへ旅立つという同僚の貧乏学生の、その正体が明かされる描写が秀逸であり、そのタイトルがラストに回収される見事な一篇である。
・ノリに乗った谷譲二のハイブリッドな文体が縦横に踊る『キキ』が、これまたニューヨークの夜のうごめきを見事に体現して実に面白い。フランス女の虜となった日本男児はことごとくおめでたく彼女の餌食となって露と化す。「キキと黒薔薇の騎士」のくだりまで来ると、彼女の"セルフ・プロデュース"の才能に恐れ入るばかり。日本実業紳士は「紐育に呑まれたのさ」(p192) HOT・DOG! えいんね?(ain't it?)
・アメリカからオーストラリア航路船に乗船。黒人と南欧人に混じっての下級船員、それも石炭夫となって辛酸を嘗めるめりけん・じゃっぷ。「にっぽん、だんじ。にっぽん、だんじ」と繰り返し自分を奮い立たせながら働く著者自身の姿には、涙すら禁じ得ない。(『"Sail, Ho"』)
・著者のコスモポリタンの定義は明確だ。すなわち「地球人」とは「郷土人」であり、「人間は、要するに、人種、若しくは民族あっての個人なのだ」と無国籍論を看破するくだりが気に入った(p240)。

20歳で渡米するも留学先の大学を飛び出し、北米中部~東部で下層労働者人生を渡り歩き、最後は石炭夫として働きながら帰国。日本人排斥法のために再渡米の道が閉ざされると、著者は縦横無尽な文筆の才をもって『丹下左膳』シリーズ等の作品を量産し、本書の『めりけんじゃっぷ』ものを描き、夫人を伴って世界一周の旅に出た。その結実が『踊る地平線』であり、僕は岩波文庫版を通読してその縦横無尽な文面に感銘を受けた。わずか35年の人生でも、太く強く前に進んだ著者の生き方に敬意を表したい。

≪大人の本棚≫
谷譲二 テキサス無宿/キキ
編者:出口裕弘、みすず書房・2003年6月発行
2022年5月3日読了