今日は歯医者の日だ。下あご左側にはめた暫定的な詰め物を外し、銀色のかぶせものをつけてもらうのだ。
僕はたばこを吸わない。積極的に自分の意思で吸わないと決めたのではなく、気が付けば、そうなっていただけのことだ。
ガムも噛まない。あれは見苦しい。人前でクチャクチャと無意味に口を動かす。実に見苦しい! 本人は気づかないのだろうか?
その代わり、むかしはよくアメを口に入れた。
最近はコーヒーか紅茶だ。自販機の100円カップ飲料のお得意さんです。いったい一日にいくら費やすのか、数えたこともない。
実は一度だけ計算しかけたことがあったが、途中で恐ろしくなって止めた。いや、飲むのをではなく、計算をだ。
(月に○万円も費やしているとは……! 独身男の悪い習性だな。)

さて、アメだ。最初は普通になめていた。でも、仕事でイラツクと、つい噛んでしまうよになった。ボリボリ、ボリボリ、と。いつか虫歯になるぞ、噛むのは止めないとな、と思うのだが、あいもかわらず、ボリボリ、ボリボリとやっていた。
突然、上あご右の一番奥の歯に激痛が走り、自宅に近くて評判の良い歯科に泣きついて駆け込んだ。もう7年以上も前のことだ。
それ以来、その歯科にはお世話になっている。今日もやっかいになります、協同歯科さん。(正確には、神戸医療生活協同組合協同歯科。)

受付をすませて2回で待つ。ここにはニュートンが数冊おいてあり、パラパラとめくる。植物の種子や昆虫の卵のアップ写真なんて、久しぶりに見た。
待合室には他に数人、年配の男性が二人と、同年代の女性が一人だ。
「ニシオさん」と呼ばれたので、ハイと答えると、はす向かいのおじさんも「ハイ」と声を上げ、立ち上がった。「ニシオ、ユキオさんですね」「ハイ、そうです」とおじさんは診療室へ消えた。
「ちょっと! それ僕やんか」声には出さずに後を追いかけた。
おじさんは治療器具の満載された椅子に座ったが、歯科技工士さんに何か言われて、気が付いたようだ
「すみませんねぇ、年をとると耳が遠くなって」「いえ、いえ」
僕が本物と証明され、お互いにスミマセンと言い合って、その場は終わった。
治療を終えて家に帰った。

深夜、日付が変わってから風呂桶の中で思ったのは、相次ぐ医療ミスのことだ。
医療機関に勤める人は、医師も、看護師も、本当に休む暇なく働き続けている。
たとえば、点滴する場面を考える。入院患者のベッドには、患者名を記した名札がある。看護師さんが針を刺す。チューブを引っ張る、点滴液をセットする。すべてが正しいものなのか? 確認する術は、看護師さんの"目"だけだ。患者側にはわからない。
何かを間違えれば、患者の命にも関わる。
一方で病院の患者は、乳幼児と老人が多い。目の見えにくい人も多いし、耳の遠い人も多い。健常な成人と比較すれば、一部の人を除いて、認識力の相対的な低下は避けられないだろう。
医療スタッフのミスは許されることではないし、「遺憾に思う」のではなく、真摯に反省してほしいと思う。だけど患者側に問題はなかったのだろうか? 確認のために名前を呼ばれて、よくわからなくても「ハイ」と答えてはいないだろうか? 説明を受けても、よくわからなくても「わかりました」と答えていないだろうか?
今日、あのときは笑い話で済んだが、ありえない話ではない。ミスは起こりうる。老人は、これからますます多くなる。

それじゃぁ、どうするのか?
兵隊はIDカードを首からぶら下げ、戦死の際は、それで識別される。官庁あるいは民間企業では、IDカードで従業員を識別・管理する。
医療現場に、このシステムを取り入れることはできないのだろうか?
医師、看護師にとっては、確認のための労力も軽減されるだろうし、間違いは減少すると思う。
ベッドはもちろん、点滴チューブ、メスなど、あらゆる物体にICチップを埋め込むのだ。いずれは、人体にも。そうすれば、すべての体系で認証が働き、整合性の問題は片づくのではないだろうか?
抵抗はあるだろうけれど、まずは実行してみる。メリットが現れたら、それは肯定につながるはずだ。
もう、どこかでやっているのかな?
ES細胞の培養で気炎をあげる韓国あたりが、先に実現するかもしれませんね。
(2004年2月10日のなぐり書きを元にしました。)