常識は移ろいやすいものであり、芯を強く持って生きなれれば世間に飲み込まれてしまうことが、多彩な事例とともに示されます。

「欧州は個人主義、日本は家族主義」は完全に間違いであり、欧州は社会制度が家族単位でできている一方、この十数年で日本の家族崩壊は加速した。それに拍車をかけるのが「親の面倒を見なくてすむ」最悪の制度、介護保険だ。

「失われた10年」は責任逃れのための方便であり、日本人の「自分さえよければそれで良し」とする態度を冗長させた。現実にはバブル期より日本経済は肥大化しており、我々の生活レベルも格段に向上している。

これからますます増えるであろう安楽死の問題は、憲法に明記された個人の尊厳に関わることなのだが、医師会、家族、行政すべてが逃げ腰であり、本人の意向はまるで考慮されていない。

日本の国家財政はすでに破綻しており、国債の格下げも当然のこと。世界史に例を見ないレベルとなった1200兆円もの借金は、返済不可能である。
答えは政府の民営化ですか……。日本国の予算の半分が借金でまかなわれ、我々の支払うバカ高い税金の全額が国家・地方公務員(そのほとんどがロクに働かないことを我々は知っている)の給料に費やされ、公務員本来のサービス業務のすべてが借金で運営されていることを鑑みると、なるほど、現実味を帯びてきますね。

率直な「人の希望」を追求することが、やりがいと創意工夫の連鎖につながり、それが社会の活性化することが提示されます。

どこかで憶えのあるタイトルは、バカの壁の著者との対談を行って、意識的に付けられたようです。御愛敬。

常識の壁
著者:菊池哲郎、中央公論新社、2004年1月発行
2006年8月9日読了