マキャベリと荻生徂徠の金言を散りばめつつ、リーダーシップ論、教育問題、中東問題(アラファト議長の失敗)、環境問題(貧困・平等問題でもある)、文明間の対話が取り上げられる。
常識を支える教養がなく、発想や比較の範囲が即効性や時事性にとらわれるなら、事態の解釈や知識についてアドホックに対応するだけで精一杯となる。なるほど。その結果が、「世俗的カリスマとしての(小泉元首相の)存在は、政策を通して難事を合理的に解決する希望をあきらめるか、議会討論によって問題の焦点が浮き彫りになることに関心を示さない情緒的な日本人の縮図そのもの」である、か。

大衆政治に陥った民主主義社会からの脱却に最も必要なものは何か? それは常識であり、常識を培養する教養であり、家庭での「しつけ」の在り方に左右される。学校教育は現在の欧米に偏ったものではなく、ましてや「ゆとり教育」等ではなく、イスラム、日本、東南アジア、中国などの多彩な文化に裏打ちされたものでなければならない。教育指導要領が改訂されることになったが、皇国史観は論外として、明治以来の和漢洋のバランスに配慮した点を取り入れるべし、と述べられる。
日本と日本人に関わる歴史軸と、世界の多様性や芸術的感性を正確に認識できる空間軸に自らの活動や経験を重ねることで、責任ある行動をとることができる。これ即ち総合力と大局観、か。

最終章は圧巻だ。「戦争を考えること」は、文明の対話と異文化理解に直結し、それが新しい行動の始まりとなる、と理解した。

政治家とリーダーシップ ポピュリズムを超えて
著者:山内昌之、岩波書店・2001年12月発行
2006年12月8日読了