朝鮮戦争時に「米軍の代わり」として国内治安を主目的に設立された自衛隊。40年に渡る強大なソ連極東軍との対峙、湾岸ショック、カンボジアPKO、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、イラク派遣を経て、その性質は大きく変貌した。
自衛隊と言えども将官は旧帝國軍出身者が占めていたわけで、戦後の防大出身者が陸海空の幕僚長に就任したのは、わずか15年前らしい。大東亜戦争に関わっていない幹部がトップに立ち、国民の自衛隊を見る目もズイブンと変わってきたことで、ようやく諸外国レベルの活動が許される状況となったと言える。
年が明けると防衛庁が防衛省に変わる。自衛隊管理官庁から「政策企画・立案」官庁へ脱皮するわけで、表面の冷静さとは別に「この機を逃さず」に表舞台へ出てくるのだろう。

この本、フジサンケイグループ出版社ならではの「自衛隊ヨイショ。国防軍への昇格を期待」する内容だったが、その筋の通った記述は正論と言える。
石破前防衛庁長官による「他国から誘導弾による攻撃が予想される場合、その基地を攻撃することは自衛の範囲内だ」との発言が大問題となったが、実はこれ、50年前(1956年)に当時の鳩山首相の見解として国会で述べられており、これを歴代内閣が踏襲しなかったことが問題であると提起している。他の重要法案を成立させるため、野党と協議してこの種の安全保障に関わる議論を避け、安易に妥協してきたことの結果が、こんにちの歪んだ防衛政策につながったと言える。
たとえば法律上、海外派遣における「武力の行使」と「武器の使用」は異なるものとされている。また、武器の使用は上官の判断ではなく「自己責任で行え」とも。いざ事態に直面した自衛官に、これを遵守しろと言うのはひどい話だ。諸外国に理解されない法律は改めるべきだ。

「自衛隊のPKO活動や国際緊急援助は、日本国の国際的地位と名誉、発言力を高め、そして世界の平和と安定のための任務である」
それはその通りだと思う。だけどこの著者に限らず、最近勢いを増してきた
「憲法前文の精神を追求するためにも憲法九条の改正に取り組まねばならない」
との主張には賛同できない。
なにかと批判はあっても、なにも日本の国際貢献はPKOや実力部隊の派遣だけではない。拡大解釈で自衛隊の活動範囲の拡大は実現できるし、それで日本国民の理念を具体化できるるだから、何も憲法を変える必要はない。
もっと言えば、明治以来こんにちに至るまで、日本には実質的な文民統治の経験は少ない。ヘッポコ社民党を代弁するつもりはないが、「軍部の権力」を抑制する視点からも現行憲法下での自衛隊の管理が適切と言える。

そのとき自衛隊は戦えるか
著者:井上和彦、扶桑社・2004年3月発行
2006年12月15日読了