ときは明治四〇年。一人息子を女手一つで育てる母。自分のような"芸人崩れ"にはさせず、帝国大学に進学させ、将来は立派な月給取りにさせたいとの思いだけが、辛い日々の試練に耐えさせる。その息子は、幼なじみが芸者の道を進むことから、中学校を停めて役者になりたいと言い出す……。叔父の俳諧師に相談ことになるが……。

明治時代に洋行した若き著者。それがふらんす物語、あめりか物語として結実し、小説家、永井荷風を世に知らしめることとなる。
しかし、帰国して目にしたものは、日々劇的に変貌する東京の光景だった。生まれ故郷の変わり行く姿を見て、彼は何を思うのか。
ちょうど世紀末のフランスに発した象徴主義が、荷風に影響を与えているのかもしれない。
荷風本人も書いている。「象徴的幻影を主として構成せられた写実的外面の芸術……叙情詩的本能を外発さすべき象徴を捜めた理想的内面の芸術とも言い得る」と。
自然主義を超え、観念と感性を総合的に表現する世界観を象徴するものを、都会の中にあって日本古来のリズムを失わない、身近な隅田川に求める。墨東奇譚もそうだったが、このあまりにも日本的な情緒が、より味わい深いものにしていると思う。
やがて彼の作品は、文明礼賛から、江戸期~明治初期の情緒を重視したものへと自分の作風を変えてゆく。

失われ行く光景か。
僕は新興住宅地の生まれだから、"田舎"の記憶はない。しかし、多聞(神戸市垂水区)の田舎に生まれ育った父より、高度成長期に山田川がコンクリートで固められ、山が削られて宅地に変わっていった話を聴かされた。「寂しいなぁ」とも言った。
懐かしい古里の光景=記憶が失われてゆく、その喪失感と寂寞感。そんな思いを胸に閉じ、より良い日本を、より良い明日を作り上げるため、賢明に働き続けた父母の世代のことを思うと、自分の惰性に流れる生活が恥ずかしくなる。しっかりせんとなぁ。

すみだ川
著者:永井荷風、岩波書店・1986年7月発行
[荷風小説三]所収
2007年3月17日読了