AFPニュース等によると、11月3日、パキスタンのパルヴェーズ・ムシャラフ(Pervez Musharraf)大統領=陸軍参謀長が全土に非常事態を宣言したそうだ。憲法は効力を停止し、非常事態宣言を差し止めた最高裁のチョードリー長官は解任され、大統領の息のかかった新長官が任命されたそうだ。

http://www.afpbb.com/article/politics/2306636/2309890
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071104-00000040-san-int

1999年10月のクーデターで実権を把握したとき、彼は腐敗政権に嫌気をさしていた国民の支持を得た。これは「内政問題」として仕方がないのだろう。だが、前年にインドとパキスタンがともに核兵器の保有を宣言した直後でもあり、「核兵器を有するイスラム軍事政権の誕生」により、世界は緊迫度を増した。(当時のニューズウィーク日本版1999年10月27日号の表紙「核の危機 アメリカ議会は核実験禁止条約を拒否し、核保有国パキスタンでクーデター」の大きな見出しは鮮烈だった。)
結局、強硬な制裁は行われず、なだめて現状を維持する政策を主要国は選んだ。

その後の「9.11」では、米国とイスラム諸国の板挟みに遭いながらも、国益を優先して対テロ戦への参加を表明し、唯々諾々と軍事作戦を遂行することで、米国から事実上の承認を得た。これが、ムシャラフ氏の地位の盤石化に作用したのだろう。

だが、公約であったはずの「陸軍参謀長の辞職」は実現していない。最高裁長官の罷免騒動、選挙へのあからさまな介入、ライバル政治家の帰国問題が次々と持ち上がり、軍部の強硬派とイスラム原理主義者との確執も解決していない。
支持を得ていた国民の間では、毎月のようにデモが繰り広げられている。
先日の大統領選挙の結果、ムシャラフ氏は3期目の就任を果たした。だが、これは暫定的なものであり、参謀長を兼任したままの大統領就任の憲法上の判断が下される最高裁判決が、目前に迫る。無論、良い結果は期待できず、国政は一挙に混乱に陥るだろう。

そこで、今回の戒厳令だ。反大統領派の最高裁長官の解任が目的とも言えるこの変事を、いったいどう収拾するのだろうか。
そしてパキスタン国民は思うだろう。
「そこまでして地位にしがみつきたいのか?」

それでも、ムシャラフ氏のパキスタンは興味深い。軍事クーデター後のイスラム国家で強権政治の発動となれば、反欧米、イスラム原理主義へ傾倒しそうなものだが、実際には現実的な国際協調路線を貫いてきた。
なぜだろうか。
イスラム教徒が大半を占める国にありながら、ムシャラフ氏はキリスト教系の高校、大学を卒業した。さらに父親は外交官、母親は国際労働機関(ILO)の職員であったことを鑑みれば、国際感覚が十二分に養われたことは、想像に難くない。
ライバル政治家の支持者を中心とする反体制派への弾圧を除けば、経済改革を推し進めるなど、内政も比較的リベラルだ。これも、これまで国民の緩やかな支持を集め続けた要因だったのだろう。

ブット元首相との確執もさることながら、ナワーズ・シャリーフ前首相とのいがみあいもまだまだ続く。アフガニスタンとの国境沿い、事実上の無政府状態が続く北西辺境州でのアルカイダ系テロリストの暗躍に手を焼く状態が続くようなら、米国が黙っちゃいない。
英国(ブット氏亡命先)とそのメディア、エジプト(シャリーフ氏亡命先)はじめ中東諸国、対テロ戦争の"同盟国"であるブッシュ米国の思惑を含め、三つ巴の様相は、その先が見えてこない。

クーデターの原因として、カルギル紛争を巡り、インドとの対話で収拾させようとするシャリフ首相と、あくまで軍事作戦で片を付けたいムシャラフ参謀長の間の確執があったとされる。
そうであれば、だ。今回の危機が長引いて国民の批難が高じれば、「国民の目を外部に向け、内政の失敗をカバーする」との定石に則り、カシミール地帯の紛争を再燃させる可能性も否定できない。
当面はホットな状況が南アジアで続きそうだ。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/472997.stm
http://www.presidentofpakistan.gov.pk/

英国BBCニュース
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7077310.stm

こっちはアルジャジーラ・ニュース
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/CE10D815-2B86-4AF4-8D76-D1C74AB114AD.htm

で、これが国民に向けて戒厳令を発令するムシャラフ氏
http://www.youtube.com/watch?v=ya86zLFxHrs