昨日の続きです。安彦良和氏の話を抜粋。

[漫画家としての安彦氏]
・明るいキャラは好きではない。アムロ(暗いキャラ)は気に入っている。
(本田氏の質問「暗いキャラが多いのは何故か?」への回答。)
・漫画のネタは、いろいろと思いつくが、寝かせておく。数年たって自分の中に残っていると「こだわり」を感じ、それが作品となる。
・「ノンフィクションの重み」を作品にすることを好む。史実ネタが多いのもそのためだ。
・漫画執筆では、Gペンは使わない。と言うか、使えない。(展示会会場に、この筆が展示してあった。「長年、この中国製の安い筆を愛用している。見つけたら大量に購入しているが、この筆が生産されなくなったら、僕の連載も終わりだ」との説明が気があった。)

[アニメ・機動戦士ガンダムの裏話!]
・シャアのマスクは、スター・ウォーズのダース・ベイダーに着想を得た。顔を隠せば、後々なにかと便利だし、美形キャラとして引き立つ。
・実は、ジオン軍に階級章は無い。シャアが少佐から大佐に昇進しても服が変わらないことで、おわかりいただけると思う。理由は、単に決めていなかったからだ。これが後々、実に困る事態となったが、後で、マント(将校のケープ)とグリーン服の模様等、他のスタッフが階級区分らしきものを考案したようだ。
・シャアと言えば赤。これは良く目立つように、わざと赤い服にした。このキャラデザを見て「赤い彗星」と命名したのも、富野氏その人だ。
・しかし実は、シャアザクは赤色ではなく、ピンク色だ。その理由は、当時のサンライズ社内の事情による。
宇宙戦艦ヤマトは300色もの絵の具を使って制作された。グレーだけでも20色。一方、当時のサンライズには78色しか無く、グレーもたった2色しかなかった。
これではあまりにもひどいので、ガンダムのために4色が追加された。そのうちのピンクと薄いグリーンこそが、シャアザクと一般ザクの色だ。
・ブライト・ノアの腰の妙な周り具合(上半身だけ回転)等がパロディのネタになっている。実は、ブライト・ノアのオーバーアクションは、原画数の少なさ、アニメーターの技量不足を補うために生まれた。当時、テレビ放映をこなすことが精一杯で、ビデオ化され、販売されるとは思ってもいなかった。
だから、背景ミス、構図ミス、色ミス等もそのままにしていた。昨今、昔のアニメ作品を高画質化してDVD作品にする動きがあるが、意味が無いのでは?(笑)
・「人の革新」はテーマになかった。「ニュータイプ」の概念は、番組の途中から富野氏が考えついたもので、これで話を収束することができた。
・シャアは否定されるべきキャラだ。主役を喰ってしまったため、富野氏の中でシャアの役割が肯定的なものに変化した。これは評価しない。

[メッセージ]
・ファーストガンダムの世界観を大切にして欲しい。
・よく、ガンダムは戦記もの、あるいは人類の革新をテーマにした作品、あるいはメッセージを含む作品だと言われる。否、そのどれもが違う。ガンダムは人間ドラマだ。

・クリエータは、広い視野を持つ必要がある。神戸芸術工科大学でアニメーションを教えているのも「狭窄なアニメオタク」に陥らないよう、それを伝えるためだ。
・視野の広さこそ、面白い作品を生む源泉となる。ガンダムを生み出した当時の富野氏がそうだ。それまでの氏の幅広い仕事の実績が、深い人間性の込められた作品を生んだ。
ファーストガンダム以降の富野作品には、その深さが感じられなくなった。

[質問コーナ]
・(作業環境について)絵コンテ、ネームなど集中力を必要とする作業は、音をシャットアウト。それ以外はスポーツ中継等、適当にラジヲを流している。
・(次のアニメ作品)もうアニメ作品は制作しない。アニメ業界は、昔と様変わりしたので見限ったからだ。ただし、ブレイブストーリ、時をかける少女など、良い作品は生まれるので、私が戻る必要はない。

[展示会]
サンピア明石の3階、アートホール明石では、安彦氏の原画が展示されていた。
思ったより数が少なかったが、お気に入りの「虹色のトロツキー」をはじめ、「ジャンヌ」、「わが名はネロ」等、代表作のカラー原稿があった。
ガンダムエースの表紙原画がまとめて展示されていた。こうしてみると、一つの作品のために雑誌が創刊されたわけで、大変なことだとわかる。

講演(対談)が終わり、「安彦良和氏のサイン入り図目」が販売され、手を挙げた。抽選のはずが、数が足りたらしく(40冊くらい?)、無事に購入することができた。図目購入時に受付テーブルを見ると、出席簿(?)がむき出しで置いてあった。それによると、参加者は116人か。全員参加じゃないようで、90人程度かな。

日本最高峰のクリエイターの一人である安彦氏。その話を直接聞くことができた。ガンダム再放送がブレークした当時、中学生だった自分に自慢してやろう。