エリザベス女王のイングランドが始め、クロムウェル寡頭政治が拡大発展(航海条例)させたイギリス帝国。その古き理念の正統な継承者こそ、現代アメリカであることが明快に解き明かされる。
ピューリタンに代わって権力を掌握した国教会。彼らも、かつてのピューリタンと同様、神学者の素朴な愛国主義が、宗教の名のもとに征服戦争を肯定する。ピルグリム・ファーザースの乗り込んだ新世界においても、表象的な民主主義に覆い隠された膨張主義はとどまるところを知らない。西部フロンティア、太平洋、アジア大陸を経済的・政治的に従属させ、次の中東で苦悩している現在のアメリカ合衆国の姿は、かつての帝国主義を彷彿させる。

レーニンは帝国主義の概念を、民族的抑圧、植民地主義、自由帝国主義、剰余価値の移送、の4種類に区分した。
それぞれがローマ等の古代帝国と前近代のハプスブルグ帝国、大英帝国によるインド支配、外国市場をこじ開けるイギリスとアメリカ("黒船")、貿易関係による未発達社会からの収奪を意味する。前の二者はローマや中国の古代帝国に起源を有するものであり、残りの二者は近代西欧諸国に生まれたものだ。

著者はマルサスからホブソン、レーニン、ローザ=ルクセンブルグらの論点を抽出し、重商経済から自由主義経済、その発展型としての保護主義と関係させて、それぞれの時代の帝国主義を論じる。特に近代西欧諸国に生まれた自由帝国主義と剰余価値の移送に関しては、近代帝国がもっぱら「新しい市場」を求めて獰猛に活動した姿が明らかにされる。

それにしても、マルクスの影響は大きい。著者はレーニン主義とそこから離れた毛沢東主義にも触れ、第三世界の経済的発展モデルとして後者が有効であると説く。ただしこれは1980年の話なので、ほとんどアメリカの影響下に置かれた現在の世界情勢にはあてはまらないのかもしれない。

資本の流入が発展途上国に何をもたらしたのか。開発の前提条件としての伝統社会と自給自足経済の崩壊、その更地に建てられた市場向け商業生産の発展は、しかし、その国の富裕層にのみ恩恵をもたらした。そして、開発の是非を問う時間的余裕はなく、列強資本の受け入れを拒んだ途上国は、半永久的に先進国の原料供給地として従属状態に置かれる。一部の資源国や金融で存在感を増すドバイなんかは別として、多くの途上国が置かれている現実=ほとんど見捨てられた現実の姿こそ、特に19世紀後半から20世紀初頭にかけての帝国主義的争奪戦の遺した負の遺産と言えそうだ。

ところで近年、フラット化する世界、と言われるようになった。
旧イギリス帝国によるインドからの、そして旧フランス帝国によるアフリカからの搾取は苛烈なものであった。その一方で、帝国の資本の流入が、わずかながらでも植民地の開発につながり、一部では工業化が根付いた。もちろん他の要因が結びついての結果なのだろうが、長期的に見て、これが21世紀初頭のインドや中国における低賃金知識労働者の出現と、主に英語圏の企業のアウトソーシングの活発化につながった。先進国の失業率の増大だけでなく、「世界的な賃金水準の平準化」=日本を含めた先進国の賃金水準の低下がこれから起こり得るのだろう。
これこそ、過去の帝国支配に対する、歴史からの手痛いシッペ返しなのかもしれない。

現代では、なんでもかんでも「グローバリズム」に括られるが、そんなに簡単なはずがない。人類社会に深く根付いてきた帝国、そして帝国主義。その意味を探求してきた自分にとって、本書との偶然の出会いは幸運だった。
(広島出張の帰りに平和公園を立ち寄る際、降りるバス停を間違え、その停留所の前にある古本屋で見つけたのだ。実に読みにくい本でもあったが。)

IMPERIALISM
帝国主義
著者:ジョージ・リヒトハイム、香西純一(訳)、みすず書房・1980年2月発行
2008年5月1日読了