著者は、1870年代にトロイア遺跡を発掘し、「古代への情熱を」著した、あのシュリーマンである。その彼が世界旅行の途中、1865年5月から8月にかけて立ち寄った上海、北京、万里の長城、横浜、江戸を中心とした紀行文が本書である。

明治維新直前の日本の姿。現代日本人の知り得ない江戸期の風俗と生活を詳らかに、まるで眼前に現れるかのように描く筆致はすばらしく、西洋と清国との比較とも相まって、興味深く読み進めた。

浅草寺に関しての記述が面白い。聖域である神社仏閣に群がる土産物屋と雑多な人々の群れだけでなく、仏像の横に掲げられた「おいらん」の肖像画が著者を大いに驚かせたようで、それが彼の日本人観に与えた影響は大きいと思われる。
シュリーマン氏曰く、
「私は、民衆の生活の中に真の宗教心は浸透しておらず、また上流階級はむしろ懐疑的であるという確信を得た。ここでは宗教儀式と寺と民衆の娯楽とが奇妙な具合に混じり合っているのである」
その通り! 日本では狭義の宗教心ではなく、広義の道徳心が、"日本人"をかたちづくっているのですよ。

清朝統治時代の怠慢な(習性? それともモンゴル人統治で骨抜きにされた?)シナ人の姿に対し、清潔、金銭に対し潔癖(誰も彼もが賄賂を拒否。労働者も余計な金銭を要求しない)、任務に忠実、整理・整頓を怠らない。木彫り細工、玩具制作などの技能は西洋人を凌駕する等、日本人をベタ誉めなのが嬉しい。

もっとも、"神道と儒教、仏教に支配された"日本人総体が宗教的には否定される。物質文明は西洋に引けを取らないが、"真実の文明の域に達していない"と手厳しい。これが西洋人の主観的な限界か。

La Chine et le Japon au temps present
シュリーマン旅行記 清国・日本
著者:ハインリッヒ・シュリーマン、石井和子(訳)、講談社学術文庫・1998年4月発行
2008年10月14日読了