ダナエ。それはギリシア神話を題材にを描いたレンブラントの主要作。1985年にエルミタージュ美術館で硫酸をかけられ、頭部等が著しく損傷し、修復後も完全な復元には至っていないという。
表題作は、その彼女の出生と息子、ペルセウスにまつわる逸話が、主人公と親族に絡めて進められる物語だ。古色蒼然とした日本の美術界には相手にされず、海外で有名になって凱旋した主人公は、華々しい出生の階段を駆け上がってゆく。財界大御所の娘との結婚は話題を呼んだのだろう。その主人公唯一の人物画、見る人を震えさせる世紀の作品は、硫酸をかけられてナイフで削られ、二度と再現できないものとなる。犯人からの電話、破綻した私生活、アトリエでの空虚な感覚。離縁した前妻への償いきれない想い……。その若い声をから想像される犯人像と、次の狙いとは……。
表題作の他に「まぼろしの虹」と「水母」の中編3作品が含まれる。著者の古巣である広告業界の逸話も垣間見れて興味深い。

著者の俗世に生きる男の心意気。どの作品の底辺にも流れる、その寂しさ混じりのハードボイルドは、心地よい読後感を味わわせてくれる。本当に、もっと作品を書き続けて欲しかった。

ダナエ
著者:藤原伊織、文藝春秋・2007年1月発行
2008年11月9日読了