時は2001年9月。アメリカ同時多発テロと、第二、第三のテロの恐怖に脅えるアメリカ本土から遠く離れ、取材相手と昼食を採ったある日のこと、相手のささいな質問から、すべてが始まった。
「ヒズボラって何だい?」

著者はワシントン・ポスト氏の西アフリカ支局長。欧米社会にインパクトを与えるニュースの何もないような地域で、ダイヤモンド取引を取材する。
悪名高いリベリアの独裁者、チャールズ・テーラー。彼と手を組んだのが、シエラレオネの非人道的な反政府ゲリラ組織、革命統一戦線(RUF)だ。川床にダイアモンド鉱山が露出した、世界でも珍しい採掘場を支配するRUF。暴力で地域住民を支配・酷使し、リベリア経由で密輸したダイヤモンド原石を、内戦に勝利するための兵器類に変え、シエラレオネの支配を目指す。
そんな彼らの元に、あるアラブ人バイヤーが現れ、それまでの取引とは比べものにならない高価でダイヤを買い漁るようになる。部屋にはオサマ・ビンラーディンの肖像が掲げられ、自爆ビデオを観賞し、アフリカ人に組織への加入を勧める彼らこそ、そう、アルカイダの幹部であった。

かつてのシーア派、スンニ派の壁を越え、世界中で手を携えて西洋世界に挑戦するイスラム系テロ組織。その多様な資金の調達から、グローバリズムを逆手に取ったマネーロンダリングまで、その実態はベールに包まれてきた。

本書は、同時多発テロ後、アメリカ当局の裏をかき、莫大な現金をアフリカでダイヤモンド等の貴金属に、ドバイ等で金に換えるマネーロンダリングの手口を明らかにする。また、西洋の銀行システムと異質な、中東世界古来の送金システムであるハワラを、果ては世界各地に拡がる慈善団体の寄付金がテロ組織に流れるまでの動きを追い、テロ組織の資金のルーツを暴露した。それが故に、著者と家族はリベリア情報機関に狙われ、米国本土への脱出を余儀なくされることになる。

一方で、世界最強と信じられている米国情報機関の、お粗末な縄張り争いと、「断じて自らの過失を認めない」お役所体質をも浮き彫りにし、同胞からも責め苦を受けるハメになる。
これまた互いにいがみ合うFBI職員と財務省職員。その彼らが口を揃えて言うのだ。
「イラク戦争が、対テロ戦争の足を引っ張った」と。

そう。イラク戦争は完全な無駄であり、多くの人命を道連れにしたブッシュ大統領の失策だ。
この戦争が無ければ、必要な人材と資金をアフガニスタンとパキスタン北西辺境州に投入でき、対テロ戦争は効果を上げていたかも知れない。

対テロ戦争が効果を上げていたら?

2008年11月26日に発生したムンバイ同時テロ事件。アルカイダ構成組織に名を連ねるラシュカレトイバが中心となり、インドの若いイスラム過激派が参加したと言われている。対テロ戦争が効果を上げていたら、少なくともその芽は摘み取られていたはずであり、190人以上もの死者を出すことはなかったかも知れない。

で、そのラシュカレトイバは、カシミール地方のインド占領地域での武装闘争を目的に、パキスタン軍事情報部が結成を後押ししたテロ組織と言われている。インドのシン首相は外国、すなわちパキスタンを非難し、これにパキスタン軍部は反発している。2009年初頭から予想される世界経済の大規模な低迷=恐慌が、インド、パキスタン両国の軍事指導者を穏やかでない行動へ誘うのかも知れない。核戦力の使用が無いとは言えない。

米国のミスリードが次の混乱を招くことになる。先進国の自分勝手は許されない時代だ。日本=われわれも他人事ではなく、気をつけないと。

BLOOD FROM STONES
テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って
著者:ダグラス・ファラー、竹熊誠(訳)、日本経済新聞社・2004年9月発行
2008年11月27日読了