著者はインド系アメリカ人。2000年に「停電の夜に」で華々しくデビューし、長編「その名にちなんで」は映画化された。この短編集も、アイルランドはフランク・オコナー国際短篇賞を受賞と言う、注目の作家だ。
表題作のインド移民2世の娘と父の物語をはじめ、ジワっと胸に残る中・短編が詰められている。

文化のまるで異なる新天地で無口な夫と過ごす日々。遠い故郷であるインド・ベンガルに思いを馳せる何もない日々。突如現れた年下の同郷人との楽しい日々は、新たな恋人の出現によって終焉を迎える。落胆する母を横目に、7歳の"私"と血縁のない叔父さんとアメリカ人の"おばさん"との刺激的な毎日はそれでも楽しくて……。(Hell-Heaven)

特筆するべきは、やはりヘーマとカウシクだろう。30年の時から切り取った三つの時間の、二人の物語。"Once in a Lifetime"は少年と少女の邂逅と、少年から打ち明けられた秘密がヘーマの口から語られる。語り先は現在のカウシクだ。"Year's End"では成長したカウシクが語る。大学の寮にかかってきた"父親の再婚"を告げる電話。新しい母と二人の妹への接触。必然的に起こった衝撃的な事件。ヘーマを思い出しながら語る彼は、それでも冷静だ。
"Going Ashore"は39歳の報道カメラマン=独身のカウシクと、37歳の女性博士=ローマ研究者であり、見合い結婚に踏み切るヘーマの物語。ローマでの出会いは必然か、偶然か。
タイでの津波が、すべてに終止符を打つ。

本書に収められた作品に通底する概念、それはアイデンティティだろう。
アメリカで生まれ育ったインド系米国人。親の世代とは異なり、彼あるいは彼女の自我はアメリカ人そのものだ。祖父や母親からはインド人の風習を教えられ、"はしたない"米国人と付き合うことを咎められる。移民の宿命として、成功なき者は日陰者として生きるしかない。そして一歩でも外の世界へ踏み出すと周りからは「インド人」として扱われる現実……。イギリスに生まれ育った著者の体験が生きていると思う。

神戸新聞の書評欄で知り、しばらくして明石のジュンク堂で買ってきたんだが、納得の出来だ!

Unaccustomed Earth
見知らぬ場所
著者:ジュンパ・ラヒリ、小川高義(訳)、新潮社・2008年8月発行
2008年12月31日読了