1922年に立憲王国として1882年以来の大英帝国の支配を脱したはずのエジプト。その実、傀儡政権を背後から操り、第二次世界大戦後もスエズ周辺の直接占領を続けるイギリス軍に対し、首都カイロで反英運動に身を投じたのが医学生のリーダー、シャウキーだ。逮捕の数ヶ月後に釈放され"わたし"の前へ姿を現した彼はしかし、別の人格に変わっていた。
数年後、驚異的な能力で医局の中心的な職務をこなす彼の元に、病気休暇中の公務員に関するファイルが送られてくる。医学的見知を下すべく彼の家へ向かったシャウキーと"わたし"が見て"聞いた"こととは……。

アラブ・エジプト文学である。著者YUSUF IDRISもエジプト人医師であり、革命の闘志であった。大英帝国からの真の独立を果たしたナセル革命の直前に書かれた本書は、実際の事件に着想を得て完成したとされる。

職務への忠実かつ献身的奉仕が表彰された警察官。時の首相(パシャでもある)の寵愛すらその一身に受ける。その創意工夫を活かした任務とは政治警察に逮捕された"容疑者"をひたすら殴ることだ。
彼の家で"咆哮する"シャウキー、吠え声を上げる"黒い警官"、叫ぶ警官の妻……。

他人を傷つける者は、知らずに自らを傷つけてしまう。
遠大な将来の目的。使命感を持つ若者の目の輝き。
殴打の哲学。精神の崩壊。
そして"人間の肉"。

苦痛それ以上に激烈な痛みを与えるのは、"沈黙の強制"……。
想像し得ないラストには目を背けたくなった。

AL-'ASKARY AL-ASWAD
黒い警官
著者:ユースフ・イドリース、集英社・1991年6月発行
集英社ギャラリー[世界の文学20]中国・アジア・アフリカ所収
2009年1月9日読了