ときは1922年。ゴム印の特許を皮切りに、それまでの日本社会の常識だった借家から持ち家志向の萌芽に上手く乗り、土地売買で一財産を築いた玄鶴はすでに老い、肺結核に伏せる日々だ。知事を務めた政治家の次男を娘婿に迎え、その跡継ぎも生まれ、お家はひとまず安泰だ。

5年前から囲っている妾とその息子=庶子を呼び寄せたことで、家に波風が立つ。

玄鶴の専属看護婦、甲野。彼女の屈折した性格ー自分の幸には興味が無く、人の不幸に喜びを見いだし、決して顔に出さない面従腹背の権化ーが混乱に拍車をかける。
医者だけでなく患者からも関係を強要された過去を持つ彼女にとり、"雄"は憎むべき存在だ。婿養子に色目を使い、その義母にヒステリーを起こさせ、彼女を意識しだした婿養子を嘲笑する。
お嬢様育ちで世間知らずの"若奥様"を人知れず小馬鹿にする日々が、甲野の気分を爽快にさせる。

玄鶴の葬式。多くの弔問客が棺を前に彼を想い、門を出ると彼を忘れ、旧友は生前の彼の我儘をからかう……。
ただひとり、焼き場の門の外にひっそりと佇む妾-お芳の姿が婿養子の目に入り、煙のように消えて……。

家、身分、そして性別。桎梏に縛られた短い人生劇場。読み終えた後。儚い余韻だけが残った。

玄鶴山房 芥川龍之介全集第十四巻所収
著者:芥川龍之介、岩波書店・1996年12月発行
2009年3月15日読了