ふたたび神戸映画資料館へ出向いたゾ。(2009年5月5日)
シアチェン - 氷河の戦闘(Siachen : A War for ice)を観賞した。2006年のスイス作品だ。

1947年のインドとパキスタンの分離独立。その時点で国境が確定しなかった地域があった。ヒマラヤ山脈の西に位置し、一年中氷河に覆われた6000メートル級の山々。カシミールの北東に位置するシアチェンだ。
(「シア」は薔薇のこと。シアチェンの地名はここから。)

[観光と軍事が並立する地]
パキスタン側の平地から上がるとアスコン峡谷に至る。車で行けるのはここまで。車道も無くなる。ここからは徒歩かラバのみ。
軍がヘリを飛ばせるのは好天のみ。悪天でも行けるラバで灯油を山頂の基地へ運ぶのは、民間業者だ。
氷河ではラバも転ぶし、死にもする。ラバ一頭は1,000ドル。

アジア最高峰のK2を擁するこの一帯は、観光と軍事の重要拠点が併存する。
急峻な山、雪崩、谷底へ崩れ落ちる雪原。ダイナミックな映像だった。
7,000m級の山々がそびえ立つ。軍事行動は好天のみ。

その山脈の向こう側は、インド軍の拠点となる。
こちらも最重要物質、石油をこちらはトラックで運ぶ。ヘリも併存。
一部には石油のパイプライン。液漏れ、環境破壊。

[バルトロ氷河で暮らす]
パキスタン軍の最前線、バルトロ Baltoro氷河。ここから隊列を組み、パトロールに出る。交代要員4名とガイド担当が2名の隊列だ。雪原を歩き、歩く。高度5,700メートルで、季節は6月。足下はぬかるみ、時に下半身が雪と泥の中へ沈む。
体力の消耗は激しく、陸軍の精鋭といえども、3分で先頭を交代させる。
ニット帽とサングラスは必携だ。雪焼けでさらに顔が黒くなる。

高度6,000メートルにある哨戒基地に到達。テントではなく、シェルターだ。交代要員はこれから1ヶ月間をここで過ごす。ここを拠点に、さらにパトロールを行い、この中でコーランを読み、礼拝を行い、生活するのだ。
指揮官は語る。最大の敵は天候だ。この地での任務は、もはや技量や体力の問題ではなく、士気の問題だ。
「気合いを入れろ、野郎ども!」
「おおっ!」(と僕には聞こえた。)

雪原に突如、現れたのは、なんと鉄条網だ! こんな辺境の地でも「境界線」は重要なのか。
ロープで全員の体をくくり、脱落者に備える。
で、なぜ、彼らはこんな過酷な環境に身をさらすのか?

[対峙のはじまり]
NJ9842と呼ばれるポイントの北側はインド、パキスタンとも暗黙の了解のもと、境界の未策定地域としてきた。1970年、パキスタン側が境界の設定を通告し、西側を制圧。これに反する形でインド軍も部隊を派遣した。当時のインド軍派遣部隊指揮官は語る。
「偵察を目的に少数の部隊で乗り込んだ。パキスタン側は大規模な部隊を展開しており、ここでわれわれが引くと、シアチェン全域が制圧されてしまう。わたしは越冬を決意した」
これが現在まで続く、両軍の対峙の始まりとなった。以降、20年間、全面戦争に発展しないよう配慮しつつ、これまでに4,000人もの戦死者を出してきた。

Googleマップで確認したら、この地域に国境線は引かれていない。曖昧なままでも衝突を回避できるなら、まだマシというもの。

[意味のある対立なのか?]
両軍とも、地元の理解を得るために苦心しているようだ。パキスタンのカイラット中尉は語る。バルチ族の村に学校と病院を建設し、運営している。さらに自軍の兵士にも気を遣い、わざわざ電話回線まで確保したという。「家族との通話が精神衛生上、不可欠であり、士気の維持にも繋がる」 そう、士気が大切なのだ。インド軍指揮官も士気の重要性を語った。

そのインド軍はどうしているか。シアチェンのすぐ南側は、欧米人と日本人が訪れる観光地、ラダックだ。その中心地、レー Lehには、10万人の一般市民と10万人の軍人が暮らしている。市民一人あたり、兵士一人。こんな地域はここだけだろう。
で、ラダックの地元民は、軍需品の輸送、飲食店の経営等、軍の活動に頼っているのが現実だ。「戦争は必要悪。カネになる」とインタビューで答えたのは、若い地元民だ。

そのレーからラダックの北へ抜けると、山頂のインド軍前線基地がある。総員600名もの兵士を擁するという。夏でも全方位、雪景色。ピッケルとスパイク。こちらも全員の体をロープでつなぎ、氷上を歩く。

高山病にかかる兵士。凍傷に苦しむ兵士。前線基地の軍医は大忙しだ。

1999年に勃発したカルギル戦争Kargil War の背景がわかった。
カルギル周辺を制圧すれば、インド側の補給線は極端に制限され、シアチェンの占有が確実となる、か。

それにしても、この睨み合いを維持するために必要な年間予算は、実に1,000万ドル!(2004年の実績)
自国民を満足に食べさせることもできない国家としては、多大な損失だろうに。
政治は何をしているのか?

[環境へのインパクト]
制作サイドは、これを強く訴えていた。20年間の対峙で対流したゴミ。毎日1万トンものゴミが出る(? 誇張しすぎ? 翻訳ミス?) で、キチンと平地まで持ち帰っているのか? 否! 軍はなんと、雪の下に隠すのだ! 飲み物の空缶、小銃の空薬莢はかわいいほうで、燃料のドラム缶や、撃墜されたヘリコプターまでも。
で、漏れた燃料はどこへ向かうのか? 氷河にしみこみ、汚染するだけなのか?
南アジアの母なるインダス川。その水源がシアチェン氷河であることは、何を意味するのか……?

「ヒマラヤ国際映画祭 WEST JAPAN 2009」の公式HP。
http://himalaya2009.jakou.com/index.html

「シアチェン - 氷河の戦闘」の公式HP。
http://www.siachen.ch/front_content.php