「平和な時代に生きていて、
 かつての戦争をなつかしがる人間、
 そんな人間は、希望の幸福に
 お別れした人です」」(9839行)

すべてを知り尽くす。そのために、自らの死後の魂を悪魔=メフィストーフェレスに売り渡し、彼を従僕として18世紀ドイツからギリシア、ローマ世界を縦横無尽に旅し、人生を満喫する。
目的のためには手段を選ばない生き方は、ある意味、天晴れだ。

ゲーテのライフワークとも言える作品だ。24歳から書き始め、57歳で出版した第一部ではエネルギッシュで前のめりな人生観を、82歳の熟成の筆による第二部では、大きなスケールの物語を楽しめた。

第四幕で、偽皇帝との戦に勝利したローマ皇帝が、臣下であるはずの大司教に、領地と富を根こそぎ奪われるくだりが面白い。"破門"の脅迫を受けると、世俗権力も弱いってことか。

人間の渇望について、ファウストはメフィストーフェレスに説く。
「支配したいし、所有もしたいのだ。事業がすべてだ。名声など空だ」(10187行)
その意志が、第五幕で表出される。権力を手にした老年ファウスト。絶大な権力を手にするも、その境地は孤独だ。領地の一隅の引き渡しを頑なに拒絶する老夫婦が、自らの野望への障害と映る。悪魔と契約した魂は、いつしか黒く染まるのか。
「まったく恐ろしい、悲しいことだが、人間は、正義であることにも疲れてしまうのだ」(11271行)

「どんな人でも、たえず努力して励めば、その人を、わたしたちは救うことができる」(天使)(11936行)
グレートヒェン。かつてファウストが妊娠させ、捨て去った少女。村中から蔑みを受ける彼女は、幼子を泉に投げ、業火の中で息絶えた。その魂が数十年後に、他界したファウストを天上へと導く……。

それにしても、ゲーテの文学的力量! 読書後に喜びすら感じるゾ!

FAUST
ファウスト
著者:ヨハン・W・V・ゲーテ、集英社・1991年5月発行
集英社ギャラリー[世界の文学10] ドイツⅠ所収
2009年7月21日読了