19世紀末から第一次世界大戦にかけ、まさにイギリスの世紀に、時代の寵児として名声を獲得した、ラドヤード・キップリング。日本ではジャングル・ブックの著者として知られるが、他の著作は、意外にも多く出版されていないのが実情だ。

本書は、インド、インドネシア、南アフリカ……。首都、ロンドンを遠く離れ、大英帝国の辺境で働く男たちの物語を中心にした短編集だ。キップリング="帝国主義文学の第一人者"としての作品を気軽に味わえた。

「領分を越えて」(印度の窓)Beyond the Pale(1888年)
19世紀の大英帝国インド植民地。統治する白人は租界地に住み、現地人社会とは隔絶した社会を形成している。その"領分"を侵した若いイギリス人男子とインド女性の逢い引きが社会に知れることとなり……。伝統的な、その実、残酷な現地社会の掟。女性のあまりにも悲しい運命が、辛い読後感をひきずる。

「めえー、めえー、黒い羊さん」Baa, Baa, Black Sheep(1888年)
自伝的小説。若くして才能を開花させた秘密が、本作から垣間見える。インドでの小皇帝の生活から一変、イギリスで親戚の家に預けられた幼いキップリングは、厳格な宗教的規範と、除け者にされる毎日に絶望する。読書こそ唯一の避難所であり、文学的才能を培ってゆく。

「交通の妨害者」The Disturber of Traffic(1891年)
オランダ領インドネシア、の海峡で、イギリス人の灯台守は孤独に堪え忍ぶ。徐々に精神は蝕まれ、静かな海峡に"無粋な横筋"を付ける船舶に対し、実力行使に出る。油を燃やしたブイを浮かべ、船舶の通過を妨害する事件は、オランダ海軍とイギリス海軍を巻き込む国際的事件となる。
強力な帝國と、その先兵の弱さが対照をなす。

「橋を造る者たち」The Bridge Builders(1893年)
インダス川に新設計の橋を建築する二人のイギリス人技師。協力的な現地人パートナーは建築者のうちには入らない。
「命より大切な名誉と信頼のために働く」(146ページ)
完成直前の橋を突然の洪水から必死に護る白人とインド人の姿には引きつけられるが、後半のヒンドゥーの神々が登場するくだりは興ざめだ。

「ブラッッシュウッド・ボーイ」The Brushwood Boy(1895年)
富裕な家に生まれてパブリックスクールで育ち、陸軍士官学校を卒業し、インド植民地軍で若くして中佐に出世した、典型的な帝國男子のジョージ。「人のやらないこと」を率先して行う彼に対する同僚と女性たちの評価は極めて高い。成功した現実世界とは別に、幼い頃から住み続ける夢の中の世界。そこで出会う女性こそ……。最後はファンタジーか?

「メアリ・ポストゲイト」Mary Postgate(1915年)
第一次世界大戦期のロンドンが舞台だ。空軍に志願した中流階級の"ぼっちゃん"の死。それを淡々と受け入れる家族。墜落して負傷したドイツ兵に対峙した、メイドである女主人公の意志の強さ。そこに、古き良きイギリスの姿が浮かぶ。

その他、初期のインド植民地を舞台にしたファンタジー「モウロビー・ジュークスの不思議な旅」、旧友への復讐と和解をテーマにした「損なわれた青春」が収録されている。
ボーア戦争期の鉄道マンと海軍水兵が語る完璧な未亡人「ミセス・パサースト」は実に魅力的だ。

キップリングの代表作とされる本格的長編「キム」や「グレートゲーム」を読んでみたいなぁ。

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キプリング短編集
著者:橋本槇矩(編訳)、岩波書店・1995年11月発行
2009年9月12日読了